執筆・記事

「読書ガイド 著者に聞く」(婦人公論特別編集版 八王子・日野エリア 2007年6月10日号)

私がピアノを弾く横で踊る娘の 自然なリズムの取り方に学んで 身体が”商売道具”という職業の代表が演奏家です。音を奏でる人たちは自分の身体とどのように向き合って暮らしているのか? ピアニストにして文筆家の青柳いづみこさんが…

「教育の力を取り戻す 忘れえぬ教師の思い出」(文藝春秋 2006年11月臨時増刊号)

マンタロー 中学の二年と三年のときの担任は国語の教師で、本名の政太郎をもじってマンタローと呼ばれていた。中学生が、クボマンこと久保田万太郎を知っていた時代である。 ある教育系の国立大附属だったその中学は妙な学校で、陸軍士…

「ヤマハホールの覗き窓」(銀座百点 2006年10月号)

私たち音楽家が銀座に行くといったら、目的地はたいてい銀座ヤマハ店である。楽譜、音楽書、音楽雑誌、五線紙、メトロノーム、CD、楽器・・・。みんなここでそろう。 レッスン室の楽譜棚に並んでいる楽譜の裏表紙には、音叉を三本束ね…

【書評】大野芳 著「近衛秀麿 日本のオーケストラをつくった男」(サンデー毎日 2006年7月2日号)

早く来すぎた理想主義者の肖像 洋楽黎明期の名指揮者近衛秀麿は、一八九八年、由緒ある近衛侯爵家の次男として生まれた。兄は三七年と四〇年に首相をつとめ、戦犯容疑で逮捕直前に自決した近衛文麿である。 音楽家だけみても、フルトヴ…

「ぼくは作曲家になりたかった」(岩波「図書」2006年5月号)

カナダの奇才ピアニスト、グレン・グールド(一九三二~八二)の『二十七歳の記憶』は美しい映像作品だ。 少年の面影を残したグールドが、トロント北百五十キロにあるシムコー湖畔の別荘でピアノを弾き、歌い、雄大な自然の中で愛犬バン…

「パリの芸術家たちとその出会い フォーレ、ドビュッシー、 サティー が集ったサロン」(2006年4月)

サロンとは客間のことです。ロマン派の時代、上流階級の人々はすぐれた芸術家を自宅に招き、公開に先立って作品を鑑賞したり、演奏を聴いたりしました。とりわけショパンにとって、貴族やブルジョワのサロンは仕事場でもありコンサート会…

【エッセー特集】「君の名は」(正論 2006年3月号)

珍しいのがとりえ いづみこ、という字あまりみたいな名前である。 みどりこ、さくらこは見かけるが、いづみこなんてきいたことない。 きっかけは、ちょっと変わっている。父方の祖父はフランス文学者で、青柳瑞穂という。はじめての孫…

【連載記事】「とっておき私の京都 第4回」(週刊新潮 2005年12月15日号)

私の京都 とっておき 京都芸術センター 畳敷きの大広間に年代モノのピアノ。それを挟んで対峙するのは、ピアニストの青柳いづみこさんと型染作家の伊砂利彦さん。研究テーマにドビュッシーを選び、演奏曲目としてきた青柳さん。一方、…

【連載記事】「とっておき私の京都 第3回」(週刊新潮 2005年12月8日号)

私の京都 とっておき ブルーマー 55 フランスの美食家サヴァランはいう。〈どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう〉。和洋中華にエスニック、さまざまな店が犇く京都・木屋町界隈。フ…

【連載記事】「とっておき私の京都 第2回」(週刊新潮 2005年12月1日号)

私の京都 とっておき 勧修寺 皇族や摂関家の子弟が出家して居住する寺院を、門跡寺院と呼ぶ。山科の里に佇む古刹・勧修寺もそのひとつ。嵯峨天皇の勅願により、母藤原胤子の菩提を弔うために創建された。白壁の続く参道に導かれ、寺域…

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