アンデルセン「即興詩人」
ミルテは、和名を銀梅花といい、常緑の低木で匂いやかな白い花が咲く。西洋では、花嫁さんのブーケによくミルテが使われる。
すぐ思い浮かぶのはシューマンの歌曲集だが、実際にはミルテを歌った曲はなく、ハイネの詩による『リーダークライス作品二十七』に「ミルテとバラの花をもって」という一篇がある。
ミルテは、北欧の詩人たちにとって南への憧れの象徴だった。ゲーテは『ミニヨンの歌』で、「ミルテの木はしずかに」と歌う。
アンデルセンの『即興詩人』でも、印象的な場面で使われている。南イタリアのパエストゥムに来たアントニオは、神殿への道すがら、物乞いの群れの中にヴィーナスのような美しい少女を見かける。彼女は盲目だった。
ララというその少女に銀貨を与えたアントニオは、ネプチューンの神殿の柱にもたれて即興詩を歌う。自然の美しさを歌いながら、彼は、美しいものすべてから遠ざけられている哀れな少女を思い、涙を浮かべた。
歌い終えたアントニオは、芳しいミルテの繁みにララが潜んでいるのを発見する。胸に熱いものがこみ上げてきたアントニオは、彼女の額に燃えるような接吻を記した。
民話では、イタリアの『ペンタメローネ』に「ミルテの木の娘」という話がある。ミアーノ村に子供のない夫婦がいて、ミルテの小枝でもいいからと祈ったところ、妻が妊娠し、本当にミルテの小枝を生んだ。鉢に植えて水をやり、美しい木に育てた。
狩の途中で立ち寄った王子がこの鉢植えにほれこみ、譲り受けてバルコニーに飾った。夜になると女性らしきものが寝床にはいってきて、夜明け前に抜け出していく。蝋燭をつけてみると、美しいミルテの妖精だった。王子は喜び、妻として夜毎いつくしんだ。
あるとき、王子は大イノシシ退治に出かけることになった。ミルテの精は、小さな鈴を枝の先に絹糸で結び、帰ったら玄関から糸を引いて鈴を鳴らしてくれと頼む。
王子は召使に鉢植えの世話を頼んで出発した。ところが、留守の間に七人の愛人が忍びこみ、ミルテの鉢を見つけると葉をむしってしまった。鈴の音をきいて姿をあらわした妖精は、女たちにばらばらに引き裂かれる。
戻ってきた王子は嘆き悲しんだが、召使が肉や骨を拾い集めて鉢に埋めておいたものが芽吹き、妖精はやがて元通りの姿になる。実際に、ミルテは挿し木で繁殖するのである。
ミルテの話に魅せられた私は、娘にミルテという名をつけ、庭先にもミルテを植えた。ミルテの精ではないけれど、娘には少し共感覚があるらしく、枝を折ると、あたかも自分が折られたように身をすくめる。