【連載】「花々の想い…メルヘンと花 11」(華道 2004年11月号)

ジョン・キーツ「イザベラ あるいは、バジルの鉢」

ジェルメーヌ・タイユフェール(一八九二~一九八三)は、フランス六人組ただ一人の女性作曲家である。「狂乱の二十年代」のモダン・ガールで、ヴァイオリニストのジャック・ティボーと恋仲だったこともある。彼女の『ヴァイオリン・ソナタ』はティボー=コルトーの名デュオによって初演された。

世界中をとびまわるティボーを「待つ」ことに耐えきれなくなったタイユフェールは、アメリカ人の風刺画家と結婚したが、夫の友人のチャーリー・チャップリンが新婚家庭にはいりこんできたり、作家のシンクレア・ルイスに求婚されたり、波瀾万丈の生活を送ったのち、精神に異常をきたした夫に発砲されて離婚を決意する。

ピアノ組曲『フランスの花々』は、彼女が夫と南仏で暮らしていたころに書かれたものだろう。プロヴァンスのジャスミン、アンジューのバラ・・・と、南仏にちなんだ花々の名がタイトルにつけられている。

バラとジャスミンで思い出すのは、アンデルセンの童話『ばらの花の精』である。愛し合っている恋人を自分の兄に殺された娘が、ばらの花の精のお告げによって森の中から恋人の死体を掘り出し、頭をジャスミンの鉢の中に埋めるという話だ。

ジャスミンは日に日に成長し、美しい釣り鐘型の花を咲かせるようになったが、娘は衰弱して死んでしまう。義憤を感じたばらの花の精は、ジャスミンの花の精に起きたことを告げ、ジャスミンの精たちは目に見えない毒針で悪者を刺し殺す。

原話はボッカチオの『デカメロン』にあるらしい。イギリス、ロマン派の詩人ジョン・キーツ(一七九五~一八二一)は、この話をもとに五百四行の物語詩『イザベラまたはバジルの鉢』を書いた。

イザベラはフィレンツェの裕福な商人の娘で、使用人のロレンツォと恋仲になっている。妹を分相応な商人に嫁がせて商売上の利益を得ようと考えた二人の兄は、ロレンツォに偽りの旅を命じ、森の中で殺してしまう。このあたりは、アンデルセンの話と同じだ。

ロレンツォの帰りを待つイザベラだったが、ある夜、夢の中に彼自身の亡霊があらわれて真相を明かす。嘆き悲しんだイザベラは森に行って恋人の死体を掘り起こすと、頭を切り落として持ち帰り、匂いのよいバジルの鉢の底に隠して日々涙にくれる。

不審に思った二人の兄は彼女から鉢を奪って中身をあらため、恐怖にかられて逃亡する。取り残されたイザベルは、最後までバジルの鉢を求めながら狂い死にする。

キーツがイザベラに託したかったのは、愛に殉じる女性の姿だったといわれている。キーツの母親はロンドンの貸し馬車屋の娘として生まれ、イザベラと同じように雇い人と結婚するが、夫が事故死したあと、たった二ヶ月で再婚して子供たちを捨ててしまう。その後も再婚をくり返し、やっと戻ってきたときは肺病に罹っていた。

自分も肺病に冒されたキーツは、婚約者のファニーに喀血を知らせる手紙の中で、自分をロレンツォの亡霊にたとえながら、ファニーも母親のように移り気で、病気の自分を見捨ててしまうのではないかと心配している。

キーツは翌年二十五歳の若さで亡くなり、婚約者を手厚く看護したファニーは、その十二年後、三十三歳で十二歳も年下の青年と結婚している。彼女は、立派にイザベラの役割りを果たしたといえよう。 

2004年11月17日 の記事一覧>>

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