【連載】「このごろ通信 歴史的名器の音色」(毎日新聞 2019年7月22日付夕刊)

 トランプ米大統領が来日した際、安部晋三首相と共同会見を行ったのが迎賓館赤坂離宮の羽衣の間。青空を模した天井画、豪華シャンデリア。まるでフランスの王宮にいるような錯覚を起こす。
 7月4日、この素晴らしい空間で19066年エラール製のグランドピアノを弾く機会があった。リストが愛したエラールは、ショパンが愛したプレイエルと並ぶフランスの名器。1821年に、連続した打鍵が可能になるメカニズムを開発して、現代のピアノのもとを作った。
 迎賓館のエラールは、1908(明治41)年に宮内省(現宮内庁)が3515円85銭2厘で購入したもの。明治期のグランドピアンはおよそ750円というか破格の値段だ、白塗りこ唐草模様の装飾が施された美しいビアノで、香淳皇后やまだ子供だった秋篠宮様が演奏していらっしゃる写真もある。
 この度修復されたので、お披露目の演奏会を頼まれた。明るく澄んだ音色が特徴だが、低音は良く響くし、中音域は哀愁を帯びた音色でしっとりと歌う。
 古いピアノのこととて、あまり激しい曲は向かない。熟考の末、ルイ王朝時代の宮廷作曲家のチェンバロ(ピアノの前身)曲で始めることにした。これなら、エラールの軽やかなタッチにぴったり。トークを挟み、ショパンやドビュッシーを演奏。
 ついで、迎賓館が建てられた明治期の作田家のピアノ曲。滝廉太郎の「メヌエット」や信時潔の「きえゆく星影」は、情緒たっぷりに響いた。
 52年にフランスの大ピアニスト、コルトーが来日した際、皇居を訪れてピアノを弾いている。その頃エラールは国の所有になり、皇居内に置かれていたので、このピアノを弾いたかもしれない。そんな想像をめぐらせつつ、コルトーが演奏したと伝えられるシューベルトを弾く。
 最後は、上皇后美智子さま作詞の「ねむの木の子守歌」。山本正美さん作曲、小原孝さん編曲の優しいメロディーで、古いエラールがことのほか喜んでいるような気がした。

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