【連載】「このごろ通信 「耳のための劇」に浸る 」(毎日新聞 2019年9月9日付夕刊)

作曲家・ピアニストの高橋悠治さんは、最初に詩人になりたいと思ったというだけあって、言葉を伴う作品に名作が多い。「カ・ミ・サ・マ」で始まる「パレスチナの子どもの神さまへのてがみ」、矢川澄子さんの詩による「だるまさん千字文」、猫と少年の不思議な交歓を扱った「長谷川四郎の猫の歌」。
 その高橋さんがドビュッシーの歌曲集「叙情的散文」の「花たち」を詳細に分析した論考があり、「きっかけの音楽」(みすず書房)に収録されている。
 ドビュッシーは印象派の絵画と結びつけて語られることが多いが、実は若いころから象徴派の詩人たちの仲間うちにいた。マラルメによる「牧神の午後への前奏曲」やピエール・ルイスによる「ビリティスの歌」は、彼らとの交流から生まれた。
 「音楽になる詩」についてはとても気むずかしく、ルイスと童話劇を共同制作していたときは再三直しを要求し、「自分で書け」と言われたこともある。1893年作の「叙情的散文」は、ドビュッシーが自分でテキストを書いた二つの歌曲集のひとつ。高橋さんの分析は、「花たち」の詩の韻律からはいり、言葉の連なりがもたらすもの、それを歌うメロディと背景をなすピアノ部分へと流れていく。
 高橋さんによれば、ドビュッシーはこれらの言葉を、「表現の要素としてよりも、それ自体のひびきのため」に選んだ。
 「かれの歌曲はほとんど声による身ぶりと伴奏のえがきだす状況を合わせて、耳のための劇の一場面なのだ」。自ら詩を書き、作曲し、ピアノを弾く人ならではの考察だ。
 10月14日には、代官山ヒルサイドプラザホールで、高橋さんをゲストに「ドビュッシーとパリの詩人たち」というトークコンサートが予定されている。
 高橋さんの編曲による「牧神の午後への前奏曲」の連弾版、「ビリティスの歌」にもとつく連弾曲「6つの古代碑銘」(朗読つき)。そして、音と言葉をめぐるトークセッション。
 「耳のためのドラマ」の秘密の一端が解きあかされそうだ。

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