【連載】「音楽家の愉しみ 第8回 京都の夜」(音遊人2024年冬号)

二〇二四年九月、フランスのヴァイオリン奏者、クリストフ・ジョヴァニネッティが来日、関西を起点に各地で演奏会を行った。
 ジョヴァニネッティはマルセイユ音楽院時代の同級生。ルーマニアのブカレスト音楽院を経てパリ音楽院の室内楽科を卒業。楽友たちと「イザイ弦楽四重奏団」を率いてエヴィアン国際コンクールで優勝し、名門デッカでドビュッシーとラヴェルの『弦楽四重奏曲』を録音。シャンゼリゼ劇場やカーネギーホールなど、世界の檜舞台を踏んでいる。
 私とのデュオは二〇〇九年からスタート、二〇一三年にはフランスのレーベルからファーストアルバム『ミンストレル』をリリースした。
 一〇年後、二三年の日本ツアーの最後にシューベルトの『ヴァイオリンとピアノのための三つのソナチネ』をレコーディング。そのアルバム『一九歳のシューベルト』がリリースの運びとなり、二四年秋は記念のツアーだった。

 ジャケットは、前作『ミンストレル』と同じく、大阪在住の版画家・長谷川睦さんの作品を使わせていただいた。

 『ソナチネ』は、三一歳で亡くなったシューベルト一九歳の時の作品。まだモーツァルトの影響が色濃いが、長調と短調の入れ換え、いいしれぬ憂愁など、すでに「とんでもなくシューベルト」な面もある。長谷川さんの作品「雑草に混じって芽を出す」は、二十歳を目前に「いましも殻を破ろうとする」作曲家にぴったりだった。
 長谷川さんとの出会いは、みずほコーポレーションのPR誌にエッセイを依頼されたときに遡る。短い文章に添えられた版画があまりに素敵で、思わず編集部を通じてご連絡をとったのがおつきあいのはじまり。二〇一〇年リリースの『ロマンティック・ドビュッシー』を皮切りに、四枚のCDに作品を使わせていただいている。
 長谷川さんの作品はさまざまに版を重ね、立体的であると同時に透明感に満ちている。紙を乗せてプレス機にかけ、剥がしてみるまでどんな仕上がりになるかわからないという。
 東京や大阪で展覧会が開かれるたびにかけつける。お食事をご一緒することも多いが、作風と同じく繊細な味覚をお持ちの長谷川さん、いつも美味しい店を紹介してくださる。 

 九月二〇日はツアーが休みの日。和食が大好きなジョヴァニネッティのために、京都での会食のセッティングをお願いした。
 長谷川さんがチョイスされた三条木屋町の「めなみ」は、昭和一四年創業。俳優の近藤正臣さんのお母さまがはじめられたという。その後、アルバイトのお一人とお女将さんの娘さんが結婚して店を継ぎ、現在は子供たちの代になっているとか。
 カウンター前におばんざいを盛った大鉢が並ぶ光景は、今ではよく目にするが、「めなみ」がこのスタイルの草分けのひとつという。一品ずつ繊細な仕上がりで、巨峰の白和えなど、思いがけない取り合わせもあり、なんだか長谷川作品のようだった。
 子持ちあゆの塩焼きは絶品。突き出しのジャガイモとマッシュルームのあえものは、ディルが良いアクセントを添えている。貝柱のかき揚げ、菊の花弁をあしらった冬瓜の葛あんかけ、レンコン饅頭など、いずれもこだわりの品で、ジョヴァニネッティも堪能した模様。

美味しく、愉しい京都の夜だった。

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