【連載】「青柳いづみこの指先でおしゃべり 第5回 ドビュッシーとショパンを繋ぐ『練習曲集』」(ぶらあぼ 2015年2月号)

ショパンの練習曲でどの版を使うか、ピアニストたちは頭を悩ませることだろう。私の学生時代はパデレフスキかコルトー版。現在ではエキエル版が主流になりつつある。

ところで、ショパンの楽譜にはドビュッシー版もあるのをご存じですか? フランスの出版社デュランから出ているショパン全集で、ドビュッシーが「練習曲集』の校訂を終えたのがちょうど100年前の1915年2月。

ドビュッシーはけっこう熱心に取り組んだとみえて、ブライトコプフのフリーデマン版やペータースのショルツ版に加えて3種類の自筆譜も参照し、それぞれあまりに違うので「どれがショパンの手になるものでどれを信用したらいいかさっぱりわからない」と目を白黒させている。

「モーテ夫人がもう亡くなっているのは本当に残念です」とドビュッシーはデュランへの手紙で書いている。「彼女はショパンについて実にたくさんのことを知っていました」

このモーテ夫人こそ、9歳でピアノを始めたドビュッシー最初の先生だったのだ。一説にはショパンの弟子と言われる上流階級の婦人で、貧しい生まれのドビッュシーに無償でレッスンし、稽古ピアノも提供していたと思われる。

先生の適切な指導のおかげでドビュッシーのピアノの腕はめきめき上達し、1年後にはパリ音楽院に合格するに至った。ドビュッシーはモーテ夫人を通してショパンのピアニズムに目を開かれたことに感謝の念を惜しまなかった。

ショパンのピアノ奏法の特徴をひとことで言うなら、”柔よく剛を制す”というところだろう。リストなど当代のヴィルトゥオーゾたちが筋力トレーニングのような練習に励むのをよそに、ショパンは自分の手の並外れた柔軟性を活かした奏法を編み出した。

ショパンの練習曲のうち、たとえば「3度」(作品25−6)や「6度」(同25−8)で必要なのは、指の力よりしなやかさと敏捷性である。「エオリアンハープ」(作品25−1)でも、個々の音よりは全体が溶け合った美しい響きが求められる。これを受け継いで発展させたのがドビュッシーだった。

ショパン『練習曲集』の校訂を終えてから半年後、ドビュッシーは自分でも『12の練習曲』を書いている。「3度のための」や「6度のための」はショパンを連想させる。「アルペッジョのための」も、楽器を美しくかき鳴らす点でショパンの「作品25−1」によく似ている。しかしいっぽうで、「4度のための」や「対比音のための」など、ショパンが扱わなかった素材による練習曲もある。

ショパンの練習曲は、それぞれが珠玉の前奏曲といってもよいくらい芸術性に満ちているが、当初の目的はあくまでも技術を向上させることにあった。

しかるにドビュッシーは、3度や4度や6度の組み合わせそのものを素材に、まったく新しい音世界を創り出してみせた。その意味で、手指というよりむしろ作曲技法のための練習曲だったのかもしれない。

どこまでがドドビュッシー? 青柳いづみこレクチャー・コンサート
1/31(土)15:00汐留ベヒシュタイン・サロン
問合:汐留ベヒシュタィン・サロン03-6432-4080

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