フランス留学時代、レマン湖のほとりの町ヴェヴェイで開催された夏期講習会に参加したことがある。
宿泊したのは、土地の名士の広大な邸宅。伯爵だか侯爵だか、由緒正しい貴族の家柄らしく、壁にはい
かめしい紋章の数々が飾られている。
私がお世話になった別棟は浴室、寝室などホテルのような設備で、朝食はいつもご家族と一緒にとる。「庭でとれたサクランボのジャムですよ」などと奥さまにすすめられるまま、豪華なモーニングを楽しんだ。
居間には古いベヒシュタインのグランドが備えつけられ、自由に練習してよいことになっている。これは、クララ・ハスキル・コンクールを受けるときミツコ・ウシダ(内田光子さんのこと。”CHI”をフランス読みにすると”シ”になる)が練習したんだよ、などとご主人に説明していただくと身がひきしまった。
そう、ヴェヴェイはルーマニアの名ピアニスト、クララ・ハスキルが1942年から18年間暮らした土地なのだ。岸辺からレマン湖を見ると、由々の稜線が幾重にも重なって湖面に投影され、夢のように美しかった。
フランス映画『チャップリンからの贈りもの』を観ていたら、この懐かしい景色が目に飛び込んできた。喜劇王チャップリンは1953年、反共主義の嵐が吹き荒れるアメリカを追われてヴェヴェイに移り住み、77年のクリスマスの朝、同地で亡くなった。
『チャップリンからの贈りもの』は、喜劇王の死後2ヵ月、何者かがお墓をあばいて枢を盗み出し、遺体をもとに身代金を要求したという実際に起きた事件をもとにしている。
貧しい移民のオスマンの家に、刑務所から出てきたばかりの、やはり移民のエディが訪ねてくる。昔エディに助けられたというオスマンは、友を快く迎え、住むためのがラックを用意してやる。本を読むのが好きなエディは、オスマンの娘の教育係を引きうける。
掃除婦として働くエディの妻は、職業柄腰を傷めて入院しており、社会保険に入っていないため治療が全額負担で、家計は貧窮していた。
クリスマスの日、エディはどこかからか古いテレビを調達してきてオスマンにプレゼントする。そのテレビでチャップリンが亡くなったというニュースを見たふたりは、苦しい暮らしから抜け出すために彼の遺体を盗み出すというとんでもない計画をたてる。
配役がすごいのだ。身代金の取引を断固拒否するチャップリンの娘役は、本物の孫娘ドロレス、エディが雇われるサーカス団の支配人も息子のユージーン。サーカス団のオーナーは、なんと、マルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴの娘キアラ。
遺族の全面協力のもと、チャップリンのお墓も、ヴェヴェイ湖畔の広大な庭園・屋敷もロケ地として提供された。書斎には、他ならぬハスキルがチャップリンに贈ったというマホガニーの美しいピアノも置かれ、映画のワンシーンに映り込んでいる。
そして、ミシェル・ルグランの音楽を弾いているのは、ショパン・コンクールでも入賞しているピアニスト、エリック・ベルショ。これは観なきゃ、でしょう?
「チャップリンからの贈りもの」
配給:ギャガ 監督:グザヴィエ・ボーヴォワ
音楽:ミシェル・ルグラン 脚本:グザヴィエ・ボーヴォワ、エチエンヌ・コマール
出演:ブノワ・ポールヴールド、ロシュディ・ゼム、キアラ・マストロヤンニ
公開中:http://chaplin.gaga.ne.jp