第15回チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門は、27歳のロシア人、ドミトリー・マスレエフの優勝で幕を閉じた。
今年はショパン・コンクールの予備予選を聴きに行ったのだが、正直、びっくりするほど一部ロシア人ピアニストのレベルが低かったように思われた。
優秀な人材はチャイコフスキーに集中したのだろうと思い、急遽、コンクールのクローズドの予備選にもぐりこんだところ、書類・DVD審査を通過した61名(棄権6)はものすごい顔ぶれだった。
ロシア勢では、前回ショパン2位のルーカス・ゲニューシャス、同ファイナリストのニコライ・ポジャイノフ、前々回チャイコフスキー3位のアレクサンダー・ルビャンツェフ、浜松優勝のイリヤ・ラシュコフスキー、プロコフィエフ優勝のセルゲイ・レドキン、クライネフ優勝で弱冠16歳のダニール・ハリトノブ。ドイツからはベートーヴェン優勝のマリア・マゾ、韓国からはミュンヘン最高位のチホ・ハン、ショパンにも出場するアメリカのジョージ・リーなど有名人がずらり。
いったいこのメンバーで、誰をどういう理由で落としたら30名になるのかと興味津々だったが、予備選免除1名を含む36名が第1次予選に進出した。
そして、驚くべきことに、リスト=ブゾー二「フィガロの結婚による幻想曲」を見事に弾いてくれたポジャイノブも、リスト「パガニー二練習曲第6番」を軽やかに弾いたルビャンツェフも、アルカンの大ソナタ「ファウストのように」を完壁に弾いてのけたチホ・ハンも姿を消してしまったのである。
第1次予選は練習曲3曲を含む40〜50分のリサイタル。2次はリサイタルとモーツァルトの協奏曲。ここでラシュコフスキーとマゾが脱落する。
有名人が次々に消える中、あれよあれよと本選まで勝ち進んだのがフランスのリュカ・ドゥバルグ。なんとピアノを始めたのが11歳で、途中パリ第7大学で文学を専攻するために3年間完全に休み、20歳で再開したという。現在はエコール・ノルマルでレナ・シェレシェフスカヤというロシア人の先生に師事しているが、国際的にはまったく無名。
予備選で聴いたラヴェル「スカルボ」は不気味な雰囲気を演出して印象深かったものの、技術的にはやや精密さを欠く箇所もあり、発表を見てこの個性を通す審査員はすごいと思った。
事件が起きたのは第2次予選のリサイタル。メトネルの長大なソナタで聴衆のハートに火がつき、つづくラヴェル「夜のガスパール」は氷の刃の上を歩くようなスリリングな演奏。拍手は鳴りやまず、配信のメディチTVがサヨナラを言ってもまだつづいていた。
後半のモーツァルトのハ短調協奏曲ではオーケストラを支配したドゥバルグだが、本選のチャイコフスキー1番、リスト2番の長丁場は、経験のない彼には負担だったようだ。それでも果敢に挑戦した姿は感動を与え、第4位とともにモスクワの批評家賞を与えられた。
ドゥバルグと本選が同日で「ルカ対決」と騒がれたゲニューシャスは、チャイコフスキー2番、ラフマニノフ3番という渋い選曲が禍したか、リーとともに第2位にとどまった。かつてないハイレベルを反映して、第3位もハリトノブとレドキンの2人。
いっそのこと、順位をつけず、ファイナリスト全員を入賞としたほうがよかったかもしれない。