第19回ショパン・国際ピアノ・コンクール
優勝はエリック・ルー
桑原志織が第4位入賞
10月3日に審査が始まった第19回ショパン・国際ピアノ・コンクールは、18~20日に本選が終了し、審査員による長時間のディスカッションの末、21日未明(日本時間同日午前)に最終結果が発表された。優勝はアメリカのエリック・ルー。2位にカナダのケヴィン・チェン、3位に中国のワン・ズートン。日本勢では桑原志織が中国のリュウ・ティエンヤオと同率で第4位に入賞した。本選の曲目は、協奏曲2曲のうち1曲と、《幻想ポロネーズ》だった。本選に挑んだ11人の演奏と審査について振り返る。
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本選の曲目は、従来の2曲の協奏曲に加えて、晩年の傑作《幻想ポロネーズ》が加わった。最終決定がショパンの若い時代の作品に限られる矛盾を解消するのが目的だったのだろう。
今大会の特徴のひとつは16~17歳の中国勢の台頭で、音楽的にも技術的にも優秀な弾き手が顔を揃えたが、本選に残ったのは16歳のリュウ・ティエンヤオのみで、最高齢は桑原志織の29歳、ついでエリック・ルーが27歳、ワン・ズートンが26歳、ピォトル・アレクセヴィチが25歳、ヴィンセント・オン、ウィリアム・ヤン、ダヴイド・ブリクリが24歳、進藤実優が23歳、リ・ティエンヨウが21歳、ケヴィン・チェンが20歳(10月3日、コンクール開始時の年齢)。
平均年齢24歳でチャイルド・コンクールとは言えず、年齢の壁の問題もなかった。
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体験積み重ねた10年
独自の深い精神性
優勝したエリック・ルーは2015年の第4位。再度エントリーした理由について、公式記者会見で次のように語っている。
「17歳のときに挑戦したショパン・コンクールは、自分には少し早すぎたと感じています。当時の私はまだ何も知らない無邪気なティーンエイジャーで、ステージ経験もありませんでした。その後の10年間で大人として人生を歩み、私は大きく変わりました。演奏体験も積み重ねてきています。ショパン・コンクールは世界中の聴衆に向けた特別な舞台です。そこで自分の変化を示したかったし、人生は一度きりと感じ、自分自身のためにやり遂げたいという内なる野心がありました」
10年前の「夢見るように弾く」スタイルは、彼に憧れる若いピアニストたちに引き継がれ、今や、テンポを落としてフェードアウトし、弱音を駆使して弾くスタイルはスタンダードになった。
そんな中でエリック・ルーは第3次予選のソナタ第3番では、「爆音でも弾ける」今の自分を示してみせた。しかし、演奏の本質は変わっていなかったように思う。《幻想ポロネーズ》で見せた深い精神性は、他のどのコンテスタントにも立ち入れない、彼だけの独自の世界観だった。協奏曲第2番第3楽章のマズルカ主題の悲しい美しさも忘れられない。
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一騎打ちのチェン
超絶技巧封印正統的に
2位のケヴィン・チェンは第2次予選での《練習曲》作品10の全曲演奏で話題を呼んだが、その後のラウンドでは超絶技巧を封印し、プライヴェートで師事している審査員ヤブウォンスキのアドバイスによるものたろうが、極力テンポの変化を抑えた正統的なスタイルに徹した。《幻想ポロネーズ》は対位法的な動きを重視する立体的な作り方。協奏曲第1番の第3楽章でも、指に任せて弾きまくることなく、クリアなタッチでフレーズを大切にかっちりとまとめていた。
採点表を見ると、この2人は予選ラウンドでも常に1位、2位を争い(本選だけならチェンの優勝)、文字通りの一騎打ちだったことがわかる。
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競争忘れさせる
ワンの自然体
3位のワン・ズートンは優勝のエリック・ルーと同じくダン・タイ・ソン門下。常に自然体の演奏で、競い合いの場であることを忘れさせる。特に第3次予選の評価が高く、2番のソナタの演奏に対してソナタ賞が贈られている。本選では《幻想ポロネーズ》にミスがあり、本選だけなら8位だったにもかかわらず、今回から採用された計算方式(3次・本選ともに35%)に救われて第3位に輝いた。
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16歳の煌めく音
4位は中国の新星、16歳のリュウ・ティエンヤオ。煌(きら)めく音、活き活きした音楽性と強靭な技巧で勝ち進んできた。流石に《幻想ポロネーズ》は少し幼い感じがしたが、青春期の作品、協奏曲第1番では、水を得た魚のように共感に満ちた演奏を繰り広げ、協奏曲賞も獲得した。
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揺るぎない音楽性と艶
同率4位は最年長の桑原志織。堅実な技巧と揺るぎない音楽性に円熟味も増し、《幻想ポロネーズ》は深々と包み込むような演奏。協奏曲第1番では艶のある音でオペラ歌手のように歌い、上位入賞は問違いなしと思われたが、採点表を見ると意外に割れたようだ。児玉桃は24点(平均値にもとつく補正後は22.82、以下同)、ベロフ、マクドナルド、ズィドロン、リンクは23点(22.82)だが、アヴデーエワとケヴィン・ケナーは16点(18.82)。ケナーとしてはファイナル中の最下位だった。
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聴衆賞1位アレクセヴィチ
貴重な個性派 オン
5位はポーランドのピォトル・アレクセヴィチとマレーシアのヴィンセント・オン。ネットの投票による聴衆賞の1位と2位だ。アレクセヴィチはオーソドックスなスタイルで、ソフトな音でピアノを美しく歌わせる。とりわけマズルカやポロネーズのリズムにはオーセンティックなものを感じた。
地元ポーランドからただ1人のファイナリストに票が集まるのはわかるが、ポーランド審査員の生徒でもないオンの健闘は特筆に値する。今大会では数少ない個性派で、自分自身とオケを指揮しているかのような協奏曲は面白かった。票は割れ、ゲルナー、児玉桃が満点の25点(23.06)をつけたのに対して、ズィドロンは17点(19.06)、3名の審査員が18点(19.06)をつけている。先生の教え通りに弾く、いわゆる「良い生徒」ではないところに将来の可能性を感じた。
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軽やかで繊細な
協奏曲2番
6位は大変なテクニシャンのウィリアム・ヤン。まるでフォルテピアノを弾くように軽やかで繊細な協奏曲第2番は、勝負度外視の解釈のように思われ、好感を持った。サー・チェン、ケナー、パレチニ、ズイド1ロンが23点(22.38)と高評価を下している。
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風格あるブリクリ
ポロネーズ賞のティエンヨウ
ヤンと0.07点差で入賞を逃したダヴイド・ブリクリは、24歳とは思えぬ風格のあるピアニスト。2次予選での大きくデフォルメする《24の前奏曲》に対して4名の審査員が24点(補正後23点)、エヴァ・ボブウォツカが12点(補正後19点)と票が割れたが、本選では一転して端正なスタイル。息の長い音楽で、冗長になりやすい《幻想ポロネーズ》もすっきりまとめていた。しかし(2021年のガルシア・ガルシアの時は評価を変えた)ボブウォツカの評価は17点(18.65)と低いままで、他にもオールソン、アヴデーエワが17点。ジョン・アリソンが25点(22.65)、ネルソン・ゲルナーが24点(22.65)を入れても入賞はならなかったが、彼こそが優勝者だと憤慨するポーランドのメディアもいた。
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ファイナルのトップバッターとなった中国のリ・ティエンヨウは第2次予選でソナタ第1番を弾いて6番目、第3次予選で《「お手をどうぞ」変奏曲》を弾いて4番目の成績でファイナルに進んだ。キレの良いテクニックと知的なアプローチが魅力だが、本選の曲目では今ひとつ本領を発揮できなかったようだ。サー・チェンがラウンド首位の24点(補正後21.18)をつけたものの他の点が伸びず、入賞は逃したが、2次予選での《英雄》によって「ポロネーズ賞」を得た。
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霊感に満ちた進藤実優
見守りたい牛田智大の今後
前回セミファイナリストの進藤実優(みゆ)は霊感に満ちたピアニスト。1次予選6位、2次予選8位、3次予選7位と問題なくファイナルに進んだが、ここでは19~21点が中心で、思ったほど伸びなかった。とりわけアヴデーエワによる15点(補正後は17.59)は理解できない。協奏曲でこそ少しミスが出たものの、《幻想ポロネーズ》は全ての要素が連動し、ひとつの物語を紡いでいくような演奏で、晩年の精神性を余すところなく表現していた。まだ23歳と若いので捲土重来(けんどちょうらい)を祈りたい。
最後に、ファイナルを逃した牛田智大(ともはる)に触れておきたい、日本の期待を一身に集めてプレッシャーと戦いながらのラウンド。第2次予選では、特に大きな破綻があったわけでもないのに浮かない表情でステージを下りて心配したのだが、3次予選は冒頭の前奏曲作品45から気持ちのこもった演奏で、ひと皮剥(む)けた印象があった。前奏曲の微(かす)かな余韻から手をおろさずに弾き始めたマズルカ作品56も美しく、幻想曲の祈るような出だしにも打たれた。ソナタ第3番も良く弾き込まれていたが、採点は厳しく、ズィドロンとマクドナルドが23点(補正後22.63)、ヤブウォンスキが22点をつけた他は19~21点に抑えられ、リー兄弟に挟まれてこのラウンド3位にとどまった。取材陣はやり場のない気持ちに囚われたが、これからも牛田の活動を見守っていきたい。
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第19回ショパン・国際ピアノ・コンクール
入賞者
第1位 エリック・ルー(アメリカ)
第2位 ケヴィン・チェン(カナダ)
第3位 ワン・ズートン(中国)
第4位 リュウ・ティエンヤオ(中国)
/桑原志織(日本)
第5位 ピォトル・アレクセヴィチ(ポーランド)
/ヴィンセント・オン(マレーシア)
第6位 ウィリァム・ヤン(アメリカ)
マズルカ最優秀演奏賞
イェフダ・プロコポヴィチ(ポーランド)
コンチェルト最優秀演奏賞
リュウ・ティエンヤオ(中国)
ソナタ最優秀演奏賞
ワン・ズートン(中国)
ポロネーズ最優秀演奏賞
リ・ティエンヨウ(中国)
バラード最優秀演奏賞
アダム・カウドゥンスキ(ポーランド)

