ショパン・コンクール【2】(モーストリー・クラシック 2026年1月号)

第19回 ショパン国際ピアノ・コンクール

第19回の演奏や審査の特色
伝統的スタイルへの回帰
審査方法改変に伴う混乱も

2025年度ショパン国際ピアノ・コンクールは、プログラムや応募資格、審査方法に大きな変更が加わった。予備予選免除の枠の拡大や、Yes-No方式がなくなり、複雑化した点数方式が導入されたことなどで、参加者や審査員に混乱を引き起こした部分も小さくない。公平を最大限に期しつつ、際立つ個性をもすくいとる審査の実現に向け、議論は続きそうだ。

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 今大会はプログラムの変更が3件あった。まず1次予選の練習曲。従来は2つのグループに分け、任意の一曲ずつを選択することになっていたが、今回は演奏至難とされる5曲に絞り、そこからしか選べないようになった。2次予選の必須課題には、《24の前奏曲》を提出した。6曲以上で全曲演奏も可能とのことで、演奏時間が非常に長くなった。本選では従来の2曲の協奏曲に加えて、《幻想ポロネーズ》が加わり、より音楽性重視のプログラムになった。

免除枠拡大への疑問

 この他にもさまざまな改変があったが、1番大きかったのは、免除枠の拡大である。従来はNIFC(フレデリック・ショパン研究所)が定める主要国際コンクールの直近回の上位2位までが書類・動画審査、予備予選を免除され、本大会から参加することができた。今回はそれが拡大され、年齢制限以内であるなら過去に遡(さかのぼ)っても参加が認められることになった。この拡大がなければ優勝したエリック・ルー、4位の桑原志織、5位のピォトル・アレクセヴィチの参加の可能性も低く、違うコンクールになっていただろう。
 ショパン、エリザベートと並ぶ最高峰のリーズで優勝しているエリツク・ルーの参加には、オリンピックのテニスやゴルフにプロの参加が認められた時のような違和感を覚えた。もちろん、彼の才能は疑う余地はなく、優勝に異議を唱えるものではないが、あくまでもシステムへの疑問である。

減らされた予備予選の合格者

 免除枠の拡大が決定されたのは2024年12月ごろで、エリック・ルーが決断した経緯は、58ページからの本記で引用したとおりだ。エリザベート王妃国際コンクールにエントリーを決めていた桑原志織は、戸惑いを覚えたという。自分が出ることによって確実にひと枠減るという思いは、彼女ならではの配慮だろう。前回ファイナリストの韓国のイ・ヒョクは予備予選からの出場を決めていたので、免除枠を利用することにした。
 この拡大のあおりを食ったのが、書類・DVD審査に合格して4月の予備予選を受けるコンテスタントたちである。その時点では免除者数は不明で、本大会に進む80人の枠に免除者も入るのか、別枠なのかもわからず、動揺を隠せない者もいた。結果が発表されてみると、免除者は19名にのぼり、予備予選組の合格者は66名に抑えられたのである。
 これも理由は不明だが、応募締め切りが突然1ヵ月延びた。応募者は650名近くにのぼり、しかも書類・DVD審査結果発表は予定通りだったので、審査員は2手に分かれて選定作業にあたったという。そんな難関をくぐり抜けて予備予選に出場したのに、合格者数が減らされてしまったのである。
 影響は免除者側にも及んだ。他のコンテスタントが長い時間をかけて準備しているのに比べて、免除組は期間が短い。今大会は曲数が多く、長いキャリアを誇る桑原ですら大変だったという。1次予選では、免除組のうち7名(1名は最下位)が上に進めず、明らかに準備不足のコンテスタントもいた。

複雑な点数方式を導入
審査員長オールソンの失望

審査方法の改変も物議を醸した。従来のYes-No方式がなくなり、複雑化した点数方式を導入したが、そのシステムを考案したのが、音楽関係者ではなく、クリストフ・コンテク博士だったという。ポーランドでは2025年6月1日に大統領選が実施され、右派で反EUの候補が勝利したが、この時、独自のアルゴリズムを引用して「大統領選挙は無効にされるべきだ」と主張した人物らしい。
 各ラウンドで25点満点の採点をするものの、平均から著しく離れた採点は、1次予選は±3点、2次予選以降は±2点を超えないよう補正する。これにより、たとえばファイナルでは25点満点も24点も同じ23.53になってしまったり、あるコンテスタントは25点満点と24点と23点が同じ22.65に補正されたりする。審査する側としては、25点と23点はずいぶん違う。低い方でも、あるコンテスタントは15点が17.59、別のコンテスタントは16、17、18点がともに18.38に補正されている。採点する立場では、17、18点は普通につけるが、16点はよほど演奏が思わしくない場合に限られる。
 公平を目指すという名目のもとに複雑な計算をくり返す採点方式は審査員を混乱させ、ラウンドのたびに、こんな結果になるはずではという戸惑いの声が聞かれた。とりわけ審査員長のオールソンは、自身が予選ラウンドで最高点を与えたコンテスタントたちがファイナルに進めなかったことにいたく失望していたときく。

ダン・タイ・ソン門下の苦戦

 「キング・メーカー」のダン・タイ・ソンも、愛弟子のカイミン・チャンの2次予選敗退にはショックを受け、家に帰りたいと漏らしていた。優勝者と第3位入賞者を出したとはいえ、優秀な弾き手を抱える門下の意外な苦戦は、1次予選での練習曲の曲目変更が影響したような気がする。超絶技巧の持ち主だった前回の優勝者ブルース・リウを例外として、音楽的成熟をめざすダン・タイ・ソン門下にとっては、厳しいラウンドになったことだろう。カイミン・チャンはかろうじて最下位で2次予選に進んだものの、2次だけなら18位だったが、1次の低得点が響いて落選した。

本選は35%のみ反映

 最終結果が出てみると、そこまで荒唐無稽な印象もないが、当該ラウンドだけではなく、過去のラウンドの採点も何割かずつ反映させる方式は、より平均的な演奏を選ぶことになりかねない。とりわけ、本選の採点の35%しか反映させないシステムは、取材陣をも混乱させた。例えば3位のワン・ズートンは《幻想ポロネーズ》では大きなミスがあり、本選だけだと8位だったにも関わらず、3次予選の点数が反映されて第3位を獲得し、発表の瞬間には驚きの声があがった。
 また、本選だけの順位ならケヴィン・チェンが優勝していたはずだが、本選と同じ35%が反映される第3次予選で多くの得点を得たエリック・ルーの優勝となった。規約では、過去4年間に出場者を指導した審査員は「Student 申告」して採点に加わらないのだが、ケヴィン・チェンのプログラムに「プライヴェートで指導」と書かれているヤブウォンスキに申告の義務はなかったようで、毎ラウンド彼に24点(3次では25点)を入れ、ルーの1次予選には17点、2次は18点(いずれも審査員中ラウンド最低点)、3次は21点、本選も20点と低評価。にもかかわらずルーが優勝したのは、点数補正も寄与していたかもしれない。

象徴的だった亀井聖矢の落選

 審査の傾向としては、予備選時から伝統的なスタイルへの回帰を感じていた。もともとショパン・コンクールは他の国際コンクールに比べて保守的な傾向にあったが、2015年に個性を尊重するダン・タイ・ソン門下が成果をあげはじめてから、審査の許容範囲も広くなり、楽譜に書かれていないテンポやニュアンスの変化も容認されるようになっていた。しかし、1975年の優勝者クリスティアン・ツィメルマンのスタイルへの回帰を主張するヤブウォンスキの発言権が高まるにつれて、審査傾向も変化しているようだ。象徴的だったのは、予備予選での亀井聖矢の落選である。

正統的演奏目立つ中国勢
中川優芽花熱狂的支持も

 中国の台頭もこの傾向に拍車をかけた。欧米で研鐙を積んだ教師に指導された中国の16~17歳の若者は音楽的にも技術的にも極めて正統的で、非の打ち所のない演奏を繰り広げた。一方で、やや指導者が先に立つ印象もあった。
 中国系でも個性が際立ったのはマレーシアのヴィンセント・オン(中国名は王文昇)で、既成概念に囚われない自発的な解釈が新鮮に感じられた。日本の個性派としては、ドイッ生まれドイッ育ちの中川優芽花(ゆめか)の存在が光っていた。2次予選では15点から24点まで票が割れ、今回の採点システムがマイナスに作用して3次予選に進めなかったが、今その場で生まれた音楽をすくいとり、楽器を通して形を与えるような彼女の演奏は一部の審査員に熱狂的に支持された。結果発表後、ケヴィン・ケナー、海老彰子、ダン・タイ・ソンらのインタビューで真っ先に「ゆめか!」の名前が発せられたことを記しておこう。

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