東京交響楽団「特別演奏会」曲目解説(2025年11月15日14:00 東京オペラシティコンサートホール)

ドビュッシー:「夜想曲」よりシレーヌ

私の最初のドビュッシー体験は、「管弦楽のための夜想曲」の第3曲「シレーヌ」だった。

まだオープンリールのテープのころ、父がラジオ放送を録音したものを聴いていたところ、突然この曲が流れてきた。波のようにゆらめくオーケストラに乗って、台詞をともなわない女声合唱が神秘的なメロディを奏でる。何か近未来の都市が出現したかのような衝撃を受けた。シレーヌは古代ギリシャ神話に登場する半人半鳥の怪物。岩礁に身を潜めて魔性の歌声で航海中の船人を惑わし、破滅に導いたという。幼い私もまさにその魔力の腐になってしまったようだ。

「声を器楽的に扱う」のは、「シレーヌ」が最初ではない。ローマ大賞にともなう2番目の留学作品として書かれた交響組曲「春」も、「唇を閉じて歌う」女性合唱をともなっている。このとき、ドビュッシー音楽を否定するためにアカデミーによって「印象主義」の概念がもちこまれた。

オーケストラにヴォカリーズを持ち込む手法は、ホルスト「惑星」などでお馴染みだが、1900年当時は斬新だったにちがいない。3曲のうち「雲」「祭り」は1900年12月にラムルー管弦楽団によって初演されたが、「シレーヌ」を含む全曲初演は一年後の1901年10月27日(同じくラムルー管弦楽団)を待たなければならず、なおかつ第3曲は熱狂的な拍手喝采と口笛による野次という正反対の反応をひき起こしたという。

ドビュッシー擁護派で知られる評論家のピエール・ラロも「シレーヌたちの歌以上に柔軟な声の絡み合い、一層洗練された旋律的輪郭、一層優雅で風変わり響き」を賞賛しつつも、その官能性に一種の不安を感じとっている。これに対してドビュッシーは、不健全な芸術などない、自分は「誤って解釈された重苦しい伝統の遺産から音楽を解放しょうとしているだけ」だと反論している。

ドビュッシー音楽の魅力のひとつに倍音効果がある。ひとつの音から発生する倍音が、絶妙の配置によって鳴り響く帯となり、漂い、増幅され、流れる。伝統的語法からははずれるが、聴覚的自然には適っているその手法によって、シレーヌたちの妙なる歌声が再現されたといえよう。

初演:1901年10月27日パリ、カミーユ・シャンヴィヤール指揮、ラムルー管弦楽団
作曲:1897年~1899年(夜想曲)
編成:フルート3、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット3、ホルン4、トランペット3、ハープ2、弦5部、女声合唱

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