日本人5人が1次突破
5年に1度の世界的ピアノコンクール、第19回フリデリク・ショパン国際ピアノコンクールは10月3日、ワルシャワで審査が始まった。第1次予選の参加者84人のうち、日本人は13人。このうち牛田智大、桑原志織、進藤実優(みゆ)、中川優芽花(ゆめか)、山縣(やまがた)美季の5人が7日の結果発表で第2次予選に進んだ。日本人コンテスタントの第1次予選の演奏を現地からリポートする。
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第19回ショパン国際ピアノコンクールの第1次予選通過者が10月7日、発表された。書類・動画審査、予備予選を経て本大会で演奏したのは84人。そのうち40人が9日から始まる第2次予選に駒を進める。本誌が刊行される20日にはすべての結果が出揃っているわけだが、ここでは第1次予選の模様を日本の出場者を中心に見てみよう。
第19回のコンクールではルールが改正され、免除枠が拡大された。従来は事務局が定める主要コンクールの直近回の第2位までの入賞者が予備予選を経ずに本大会出場を認められたが、今回は年齢制限の範囲内であれば過去に遡って認められることになった。このため、2018年リーズ優勝のエリック・ルー、同2021年第2位の小林海都、2018年浜松第2位の牛田智大、2019年ブゾーニ第2位の桑原志織ら19人もエントリーを表明した。その分、予備予選からの本大会出場者が減り、さらに激戦となった
日本の予備予選免除者の中では、牛田智大と桑原志織が第1次予選を突破している。牛田は、2021年のコンクールでは第2次予選で敗退し、満を持しての再挑戦になるが、見事なステージだった。
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牛田智大
音楽と自分見つめ展開
端正なスタイルと自然さ両立
牛田の演奏の特徴をひと言で言うなら個を出さず、楽譜を尊重する端正なスタイルなのだが、堅苦しいところは全くなく、音楽と自分自身との接点をとことん見つめた上で、構成、和声、旋律、リズムなどの諸要素に於いて全方向的に展開させていく。《ノクターン》作品62-1で始め、練習曲作品10-1、《ワルツ》作品42と弾きついで《舟歌》で完結させるプログラム構成も、間の取り方、余韻も含めて考え抜かれたもので、しかも極めて自然だった。
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桑原志織
圧巻のバラード4番
飛び交うブラヴォー
ニュアンスに富み、聴衆の心に
桑原志織はオールマイティなピアニストとして知られ、必ずしもショパンの専門家というわけではない。しかし、《木枯らしのエチュード》こと練習曲作品25-11の最初の音から、彼女のショパンは聴衆の心に入ってきた。右手は煌めき、左手
はしっかりリズムを作りながら歌う。ニュアンスの変化が美しく、送るものがある。続く《ノクターン》作品9-3がまた素晴らしかったのだ、夢見るような出だし、霧のようなヴァリアント、よく伸びる音。《ワルツ》作品34-1は華やかでメロディはしなやか、リズムはおしゃれ。
中間部は優しく、優しく、色々なテイストがあって飽きさせない。
それにも増して圧巻だったのは《バラード》第4番。ためらい、逡巡し、でも先に進む心情が見事に表現されている。鬱勃(うつぽつ)たるコーダがFmollの和音として炸裂した瞬間、会場にブラヴォーが飛び交った。
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小林海都
(こばやし・かいと 1995年生まれ)
もう一人の免除者、小林海都も上位入賞を期待されていたがまさかの結果となった。《ノクターン》作品62-1など、極端に遅く、弱く弾かれる傾向の中、古典的なアプローチを貫いていた。《練習曲》作品25-10も過度にテンポを上げることなく整然と演奏されたが、そのために票が割れたとしたら残念なことだ。
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進藤実優
霊感にあふれ音楽を自在に彫琢
右手と左手の見事な使い分け
前回セミファイナリストの進藤実優は、霊感に満ちたピアニスト。冒頭の《ノクターン》作品27-2から、豊かな響き、内面から湧き出る音楽で聴衆を魅了する。練習曲作品25-6も、煙めく右手を雄弁な左手が支える。《ワルツ》作品34-1の間の取り方も素晴らしい。全体に、歌謡性に満ちた右手とハーモニー、リズムを支配する左手の使い分けが見事で、音楽が自在に彫琢されていく。
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中山優芽花
神秘を音響化
唯一無二の表現
行間使い、切なさや希望表現
2021年クララ・ハスキルコンクール優勝の中川優芽花はデュッセルドルフ生まれで、ピアノ教育もドイツである。空中からポエジーをすくいとり、音高とリズムを与えて音楽にするような彼女の演奏は、他の誰にも似ていない。《ノクターン》作品62-1では、行間の全てを使って、切なさ、寂しさ、諦め、絶望、そして希望を語る。練習曲というより一篇の詩のような作品25-6、自在さの中できちんと三角形のリズムを刻む《ワルツ》作品34-1。神秘を音響化したような《バラード》第3番と、彼女にしか実現しえないステージだった
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山縣美季紀
豊かなテンペラメント
気品に満ち、目の前の音楽を美しく造形
山縣美季はパリ音楽院に在学中で、オルタンス・カルティエ=ブレッソンに師事している。非常に気品のある演奏で、ことさらに訴えることはせずに、目の前にある音楽を美しく造形していく姿勢が好もしい。《ノクターン》作品62-2では、豊かなテンペラメントで情熱を思うがまま送らせた後で、何事もなかったかのように静かに歌い終えるところが好きだった。最後に《ワルツ》作品42を置いたあたりも、自分の特質をよく知っているのだろう。上品でお洒落で、躍動感に満ち、聞き惚れた。
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残念ながら第2次予選に進めなかった中では、島田隼、東海林茉奈の演奏が印象に残った。
島田隼(しまだ・じゅん 2005年生まれ)
島田は12歳からジユリアード音楽院で学んでいる。クリアな音質、キレの良いピアニズム、ケレン味のない音楽性の持ち主で、とりわけ《ワルツ》作品18にその特質が活かされていた。《バラード》第2番も正攻法の取り組みに好感を持った。さらに羽ばたいてほしい逸材だ。
東海林茉奈(しょうじ・まな 1997年生まれ)
東海林は2023年の第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクールにも出場しており、《ノクターン》作品27-2にエキエル版に記載されたヴァリアントを加えて弾き、弱音の魅力とともに研究の成果を結実させていた。《バラード》第4番も緩急を巧みに使って深い情緒を醸し出し、コーダは裂吊(れっばく)の気合いを込めた熱演だった。
中島結里愛(なかしま・ゆりあ 2009年生まれ 日本/韓国)
藝大附属高校の1年生という中島結里愛は、今大会最年少の15歳。のびやかな音楽作りが魅力で、《ノクターン》作品55-2では、2本の旋律が呼び合い、対話を交わすかのよう。このまますくすく伸びていってほしい。
山崎亮汰(やまざき・りょうた 1998年生まれ)
山崎亮太はスケールが大きく、正攻法で雄大な音楽作りを目指す。細部にこだわらず、ず外堀を埋め、大きな骨組みを作ろうとするあたり、大河ドラマを見るようだ。首楽を”保つ”術を知っているピアニストなので、今後が楽しみだ。
西本裕矢(にしもと・ゆうや 2002年生まれ)
西本裕矢は、2023年のピリオド楽器のコンクールにも出場している。明るい音色が魅力で、《ノクターン》作品48-1ではスケールの大きな音楽作り、《ワルツ》作品34-1では華やかなピアニズムが存分に発揮されたが、全体に意気込みがやや空回りした感もあった。
小野田有紗(おのだ・ありさ 1996年生まれ)
小野田有紗は2015年、21年に加えて23年のピリオド楽器のコンクールにも出場した実力者で、現在はダン・タイ・ソンに師事している。回を重ねるごとに演奏に深みが増し、《ノクターン》作品48-1などでドラマティックな展開を見せたが、ミスで夢を絶たれた感がある。
京増修史(きょうます・しゅうし 1996年生まれ)
京増修史は、透明感のあるピアニズム、繊細な音楽作りで《ノクターン》作品62-2を美しく奏でたが、なぜか第2次予選に進出できなかった。彼の《24の前奏曲》が聴けなくて本当に残念だ。
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審査傾向としては、個性派が揃った2021年の第18回に比べて正統的な演奏が高く評価されている印象がある。第1次予選の練習曲も、これまでのように2曲ではなく、最難関の5曲から1曲選定ということで、技術的にも高度の仕上がりが求められた。
予備予選出場者29名、第2次予選進出者14名と圧倒的多数を誇る中国は、技術的、音楽的な基礎がしっかりしており、2009年生まれのZihan Jin、2008年生まれのTianyao Lyuはじめティーンエイジャーも多い。
日本は予備予選免除者2名を含む5名、ポーランドは免除者3名を含む4名。アメリカは3名全員が免除者。韓国は免除者1名を含む3名。最多の中国に免除者が1名もいないことから、いかに国際舞台では無名の弾き手が多数出場したかがわかる。
逆に、免除者で第1次予選を通過できなかったコンテスタントも19名中7名いたわけで、制度そのものの意味が問われることにもなった。免除に相応しいコンクールの選定、免除枠の設定を含めて、今一度検討の余地があるように思う。

