第17回ショパン・コンクールも韓国のチョ・ソンジンの優勝で幕を閉じた。
日本からは小林愛実がファイナリストとなり、入賞は逃したものの10年ぶりの快挙だった。
優勝したチョ・ソンジンは王道を行く選曲で、全ラウンドを通じて完成度の高い演奏。2位のシャルル・リシャール=アムランは自分の資質を活かしたチャーミングなプログラミングで、成熟した音楽をきかせてくれた。
3位から5位までが審査員のダン・タイ・ソンに指導を受けていて、教育関係者の間で話題になった。いずれも中国系アメリカ人やカナダ人で、1名は2次予選で落ちてしまったが、アメリカのケイト・リウが3位、やはりアメリカのエリック・ルーが4位、カナダのイーケ・(トニー・)ヤンが5位に入賞した。ケイト・リウは21歳だが、エリック・ルーは17歳、イーケ・(トニー・)ヤンはまだ16歳の若さだ。予備予選にはチャイコフスキーで2位にはいったジョージ・リーも出ていたから、彼が棄権しなければさらに上位にランキングされたかもしれない。
”ダン・タイ・ソン・チルドレンの”特徴は、それぞれまったく個性が違い、師匠とも演奏スタイルが異なり、言われなければそれとわからないことだ。
ケイト・リウは巫女のようで、速いところは慧かれたように、遅いものは瞑想するように弾く。エリック・ルーはひたすら内省的で、音楽の中に深く浸透していく。イーケ・ヤンは燃え立つような音楽をもち、内側から押し出した情熱的な演奏をする。
ライターの森岡葉さんがコンクール期間中にインタビューしたところによると、ダン・タイ・ソンは「それぞれ強烈な個性と才能を持っているので、彼らの持っているものを壊さないように気をつけた」と語ったという。ひとつだけ注意したのは、ショパンは美しいサウンドで弾かなければならないということ。
日本の出場者は、12名中5名が2次予選に進出したが、3次では小林愛実1人になってしまった。ダン・タイ・ソンは日本人について「よくトレーニングされていると感じるが、文化や社会の影響、そして教育が、彼らをひとつのタイプしているように思う」と語り、茶目っ気たっぷりに「少しラテンのフレーバーを足すといいかもしれない」とアドバイスしている。小林愛実はイマジネーションがあり、おもしろいと思ったとのこと。
ショパン・コンクールも、ポゴレリチ問題で揺れた1980年に比べるとずっと保守的ではなくなり、譜面解釈も演奏スタイルもかなりの自由さが許されるようになった。そして、日本のピアノ教育界はこの変化に対応しきれていないように感じるのだ。
日本で教えていると、何を言っても生徒たちが「ハイ、ハイ」と答えるので拍子抜けすることがある。解釈はひとつではないのだから、一人ぐらい「自分はそう思わない」と反論してくれないものかと。
自分なりの思考、感性でテキストから流れてくる作曲家の霊感を受け止め、自分なりの工夫で鍵盤に移そうと努力してほしい。その上で、規範にはずれているところがあれば注意するし、ある程度形は整える。
日本のピアノ教育界にも、「ハイハイということをきく子」をよしとする風潮があるのだろう。5年後、10年後のコンクールに向けて、豊かなイマジネーションをもつ人材の芽を摘むことなく、大きく長く温かい目で見守っていきたいものだと思う。