【インタビュー】「青柳いづみこ(ピアノ)&高橋悠治(ピアノ) ドビュッシーのエチュードの”新しさ”とは」(ぶらあぼ2015年8月号)

2018年の没後100年に向けて昨年からカウントダウンを始めた青柳いづみこのドビュッシー・シリーズ。毎年、公演する年の100年前にフォーカスするのが特徴で、今年は1915年。ドビュッシーとショパンを組み合わせたのが興味深い。2人のチェロ・ソナタ(チェロ:金子鈴太郎)、練習曲、連弾(と2台ピアノ)をそれぞれ並置した。しかし、なぜショパンなのだろうか?

青柳(以下A)「第一次大戦勃発のショックで作曲できなかったドビュッシーの創作意欲がこの年の夏に突然蘇ったのは、出版社デュランからショパン全集の校訂を依頼されたのがきっかけ。彼が最初にピアノを習った先生はショパンの弟子だったという説もあり、ショパンの革新的な教えを伝授されていたのです。そんな思い出もあったからでしょう。重要な作品を次々に書き上げたのはこの夏が最後です。『12の練習曲』も、間違いなくこの校訂がきっかけで生まれた作品。悠治さんはドビュッシーのエチュードは全部弾いたの?」

そう。ショパンの「4手連弾のための変奏曲」とドビュッシーの「白と黒で」で高橋悠治が共演するのも大きな注目だ。

高橋(以下T)「最後のはやらなかったかな。弾けないと思って(笑)」

A「どうして弾いたんですか? 頼まれて?」

T「いや。60年代の前衛が行くところまで行った70年代に、ブーレーズがドビュッシーを再発見して、エチュードもその中に含まれていたわけ。それでまあ、どういうものか、弾けるものを弾いてみた(笑)。エチュードは作り方が新しいですよ。コラージュみたいに、行く先がわからないまま先へ行く。そういうのは20世紀後半以降なのね」

A「それを先取りしてた?」

T「先取りというより、今までのやり方では書けなくなって、継ぎ接ぎで書いていくと、それが新しくなるっていうことはあり得るわけですよ。言葉や図式にできない何かに動かされるような」

A「死の間際だから目一杯新しいものを書いた可能性は?」

T「そうかなあ。『月に憑かれたピエロ』が1912年、『春の祭典』が1913年。もうそういう時代だから、自分も何とかしなくちゃという(笑)。たとえば、メシアンが、ブーレーズが台頭してきたので、無理をしてでも新しいものを書こうとした時期がある」

A「乗り遅れまいとね。それは絶対ありますね」

すでに数度の共演歴がある2人だ。

A「『白と黒で』はゴヤの『カプリチョス』という、グロテスクな版画集にヒントを得た作品。一度悠治さんと初見で合わせたら、そういう、ものすごく気持ち悪いものが聴こえてきて、これは面白そうだ!と」

その『白と黒で』を、高橋は以前ピーター・ゼルキンと弾いたことがあるそう。

A「ピーターの次がわたし? かっこいい!」

軽妙なやりとりの中にも興味深い話題が飛び交う。2人の演奏も、きっと同じように刺激的だ。

取材・文:宮本明

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