盛況と感動のうちに終了した浜松国際ピアノコンクール。海老彰子審査委員長になって、審査員、応募規定、選考方法なども変わり、やはり前回までとは変化した部分もあった。それらを含めて、コンクールオブザーバーとして、予選から本選までを見守ったピアニストの青柳いづみこさんと、音楽評論家の青澤唯夫さんにコンクール全体をふりかえっていただこう。
【講評】青柳いづみこ
若い世代に厳しい裁定
第8回浜松国際ピアノコンクールはロシアのイリヤ・ラシュコフスキーの優勝で幕を閉じた。筆者はオブザーバーとして第2次予選から聴いたが、新たに海老彰子審査委員長を迎え、以前とは違ったテイストをめざした目的は充分に達せられたといえよう。
浜松国際といえば、前回の優勝者は15歳。ショパン、チャイコフスキーなど世界の檜舞台へのステップとして名声が確立されていたように思う。しかし、今回は応募年齢の上限を引き上げた上、3次予選に室内楽を加えて、より成熟した演奏家の発掘をめざした。
結果として、若い世代にはやや厳しい裁定がくだされた。筆者は聴けなかったが、ほぼ3分の1に減らした第一次予選がもっとも狭き門だったように思う。20分のプログラムで、バッハ、古典の他に設けられたロマン派の自由曲が勝敗を分けた。ヴィルトゥオーゾ的な楽曲より、音楽的に難易度の高い作品を選択したコンテスタントが多く第2次予選に選出された印象がある。演奏至難の曲を完壁に弾いても落ちてしまったティーンエイジャーもいるだろう。音楽の深さ、幅の広さを知るよい機会と前向きに受けとめてもらいたい。
40分が長かった2次予選 明確な差が出た モーツァルトの室内楽
2次の持ち時間は40分だったが、筆者が聴いたところでは、多少長いと感じるケースもあった。40分を飽きさせないで演奏するためには、さまざまな楽曲を適切に配置し、音色やテクニックにもバリエーションをもたせる必要がある。第2次の演奏時間をもう少し減らし、より多くのコンテスタントにチャンスを与えてもよかったのではなかろうか。
第3次予選ではモーツァルトのピアノ四重奏曲が導入された。目的は、音楽の基本を見直すことにあったようだ。クラシック音楽は機能和声をベースにしている。それが崩れてきた近現代の作品はみごとに弾いても、古典を弾くと、たとえば導音から主音に至る動きが機能していないなど、基本的な文法に欠陥がみられることがある。他奏者との役割分担とタッチのコントロール、コミュニケーション能力をテストする意味もあったろう。
練習曲を課題に出してもまったく差が出ないほど高度にレベルアップしているピアノ界だが、モーツァルトでは明確に差が出た。通奏低音のみで支える部分で、主音と5度音を並列に弾いてしまった人、弦の旋律を聴かず16分音符や8分音符を指にまかせて弾いてしまった人、フレーズをおさめる部分で、弦楽器と呼吸を合わせられない人もみられた。
そんな中、音響的にも解釈的にもコミュニケーション的にもみごとなアンサンブルをきかせたイギリスのアシュレイ・フリップが本選に選出されなかった時点で、室内楽を導入した意味は果たしてあるのかと少し悲しくなった(フリップは奨励賞に輝いた)。
本選では室内楽と協奏曲の違いが……
しかしまた、本選の協奏曲では、軽やかなピアニズムでショパンの第一番を弾き、オーケストラと呼吸を合わせようと努力した佐藤卓史(第3位・室内楽賞)より、強靱なテクニックと圧倒的な推進力でプロコフィエフの第3番を弾ききったラシュコフスキーのほうがよい成果を上げたのだ。室内楽だけみれば、楽曲の構造をよく理解し、ピアノの際立たせ方ともぐり込ませ方など、一味違うアンサンブルを展開した佐藤に軍配が上がるのだが。
ロシアのアンナ・ツィブラエワ(第4位)は、第3次予選のシューマン《交響的練習曲》ではゆき届いた解釈と洗練された技巧で大人の音楽をきかせ、室内楽でも活き活きしたアンサンブルで聴き手を楽しませてくれた。その彼女にしても、シューマンの協奏曲では、巨大なオーケストラとの対話でやや力みが見られたようだ。室内楽と協奏曲は、合わせ物という点では変わりないが、どちらもうまく演奏するのは至難の技ではないだろうか。
第3次予選でリストのソナタを弾き、優れた構築性とドラマティックな音楽、技巧的完成度で感動を与えた韓国のキム・ジュン(第5位)は、モーツァルトやブラームスの第一番では今ひとつ弦楽器やオーケストラと協和できなかった。実社会でも、組織でよく仕事ができる人、フリーのほうが能力を発揮できる人、いろいろいる。その点で、ソロでも室内楽でもたおやかな表現で聴衆を魅了し、ブラームスの第一番でも大音響のオーケストラを惹きつけて美しいピアニシモをきかせた中桐望(第2位)は、模範解答例と言ってよかろう。
光った若者たち
15歳から30歳という年齢の開きは、審査する側にとっても難しかったのではないだろうか。入賞者は高い年齢になったが、日本人出場者では、18歳の阪田知樹が第2次予選で弾いたドビュッシーの練習曲は秀逸だった。20歳の内匠慧(第6位、日本人作品最優秀演奏賞)は内省的な音楽が魅力で、第3次予選のショパン即興曲第3番では傷つきやすく繊細な抒情を歌い、室内楽でも短調のかげりが美しかった。不器用ではあるがういういしいラフマニノフ協奏曲第2番は、コンクールが終わった今も印象に残っている。個人的には、日本人作品賞は第3次予選にすすめなかった實川風に贈りたかった。