ブックレビュー『spring』恩田陸(週刊現代2024年4月6・13日号 書評)

路上で見出された若者が世界へ挑む。
バレエの神を恋う創造者たちの祭典

クラシックのぴあの界を扱った『蜜蜂と遠雷』で直木賞を受賞した恩田陸が、今度はバレエ界を題材に十年の歳月をかけて取り組んだ芸術小説。

稀代のダンサー・振付家の萬春を主人公に、ワークショップで出会い、彼の作品『ヤヌス』を共に踊った深津純、幼少期を知る叔父の稔、春とコンビを組む作曲家の滝澤七瀬、そして春自身の四つの視点で構成されている。

バレエ小説というと、特殊な世界の内情や人間関係、世に出る苦労を描いたものを思い浮かべるかもしれないが、全くその類の作品ではない。

ダンサーの卵は幼い頃から親の意向で辛い修行に励み、コンクールで良い成績を取り、多くの試練を経てプリンシパルに…が常道だが、春はバレエのバも知らない頃、道端で回転するところを目撃したバレエ教室の主宰者にスカウトされた。

才能を認められて渡欧、ドイツのバレエ団で振付デビューし、踊り手としてもプリンシパルに昇格するが、その過程は登場人物からさりげなく語られるだけだ。

春のラブフェアについても少し触れられているが、本質的なものではない。何しろ春も言うように、彼らが恋焦がれる対象はたった一人「バレエの神」なのだから。

ここで繰り返し取りあげられるのは、人間社会の世俗的な話題ではなく、音楽をバックに踊るバレエとは何か、振付とは何か、コンクールなどでよく耳にする「クラシック」と「コンテンポラリー」の違いは何なのか、といった芸術上の命題である。

ストラヴィンスキー『春の祭典』の振付で知られるモーリス・ベシャールは、「踊りとは目に見える音楽だ」と語ったと言う。著者も、ジャンルを越えた芸術が渾然一体となるさまを小説化したかったのかもしれない。

春や深津と同じバレエ学校に通いながら作曲家になった七瀬は、春のことを「踊っているだけで音楽が聞こえてくる」ととらえている。そしてある日、「聞いていると踊りが見える」という理由で、自作への振付を提案されて驚く。春は春で、「踊りと音楽が分かちがたく一体化する」七瀬が踊りながら指揮する場面を見て、ラヴェルの『ボレロ』の振付を思いつく。

共同作業の過程は、創造の秘密の一端を垣間見るようでわくわくする。

物語の終盤、バレエ団の日本公演で「故郷に錦を飾った」春は、自らの名前がついた『春の祭典』を自ら振り付けて踊る。最後の十数ページの描写は、限りなく美しい。

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