【書評】文化史『ピアノを弾く少女』の誕生」玉川裕子著(山陰中央新聞2023年11月25日)

 私の父は1924年生まれ。音楽家を志したが「男子一生の仕事ではない」と言われ、化学者に、一人娘に夢を託した。
 66年に私が入学した東京芸術大付属高は1学年1クラス40人と小規模だったが、ピアノ科12人中、、男性はただ一人。「音楽は女性のもの」という考え方がまだ尾を引いていたことになる。
 東京音楽学校(現・東京芸術大音楽学部)の前身である「音楽取調掛」が設置されたときも、最初に全課程を修了したのは、ピアノ教育の第一人者となる幸田延(こうだ・のぷ)を含む3人で、全員女性だった。こと音楽に関するかぎり、差別されているのは男性のように思われる。しかし、東京音楽学校が幸田の妹・幸を海外留学生として派遣すると、学術文芸雑誌「帝国文学」で「多数人の上にたちて統御の任に当る者を、女性に求めんは失当なり」と批判されたという。
 本書は、こうした音楽とジェンダーを巡るねじれを踏まえ、なぜ日本ではピアノを弾く女性が多いのか、にもかかわらず彼女たちはなぜ長い間社会進出を阻まれてきたのか、ということを丹念に迫った一冊である。
 08年創刊の雑誌「少女の友」の口絵や記事、物語で印象づけられる「ピアノを弾く少女」のイメージは、家庭を受け持つ「良妻賢母」の理念と重ねられる。三越は演奏会の開催やPR誌を通して「苦楽のある生活」への憧れを呼び起こし、女子学習院では充実した音楽教育が施された。
 さまざまな例を読むうちに、差別されているのは女性でも男性でもなく、音楽そのものではないかという気がしてくる。
 34年に開催されたピアノ発表会の模様を伝える「月刊楽譜」の「お嬢さんの罪のない演奏」という短評のように、音楽を
「良家の子女の嗜(たしな)み」の領域に閉じ込めておこうとする風潮は、私がデビューした80年にもふと感じることがあった。
 音楽と音楽家の多用な在り方が認められるようになった21世紀を素直に喜びたい。

(青柳いづみこ・ピアニスト、文筆家)
(青土社・2640円)

12月2日 
日本海新聞 山梨日日新聞 長崎新聞

12月3日 
熊本日日新聞 徳島新聞 埼玉新聞 福井新聞 岩手日報 愛媛新聞 神奈川新聞

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