最初のグランド・ピアノ
四歳でピアノを習いはじめたころ、最初に弾いたのは、地つづきに住んでいる祖父がもっていた古いアップライトのピアノだった。
フリンジのついたカバーに、くるくるまわるフェルト張りの椅子がついていた。
ピアノの上には古いアコーディオンが置いてあって、たくさんボタンが並んでいておもしろいので、ピアノよりそちらで遊んでいたおぼえがある。
少し本格的に勉強することになったので、母方の祖母が田舎の山の木(当時、プロパンガスがなかったので材木は貴重だった)を売って中古のアップライトを買ってくれた。二五万円という価格を今もおぼえている。昭和三十年代としては相当なお値段だったのだろう。
さらに本格的に勉強することになり、アップライトでは役不足だというので、中古のグランドに買いかえた。小学校四年生ぐらいだったろうか。
慣れ親しんだピアノがトラックに乗せて運ばれて行ってしまうのが悲しくて、道の角まで追いかけていった。
新しくやってきたグランドは、譜面台が唐草模様にくりぬかれていて、なかなかおしゃれなピアノだった。タッチの切れもよく、明るく華やかな音がした。問題は大きさで、私の部屋は三畳間だったので、グランド・ピアノを入れるとほとんどそれだけでいっぱいになってしまう。
父は、ピアノボックスを少しでも楽しい部屋にしようと、サーモン・ピンクのカーテンをかけ、壁をミロやシャガールで飾り、赤い絨毯を敷いてくれた。
最初のグランドで芸大付属高校を受験して合格した。入試の課題曲だったシューマンの『アベッグ変奏曲』、一年の試験で弾いたモーツァルトのソナタ、二年生で弾いたリストの『レジェレッツァ』、そして、卒業試験で演奏したベートーヴェンの『エロイカ変奏曲』。
みんな、このピアノで練習した曲たちだ。
今も耳をすませると、高校時代のよきパートナーだったグランド・ピアノの華やいだ音色がよみがえってくる。