ヤマハとカワイ
さきごろ、あいついでヤマハとカワイのグランド・ピアノを弾く機会があった。いうまでもなく、日本の誇る二大ピアノ・メーカーである。
カワイのプレスティージ・モデル、Shigeru=Kawaiを演奏したのは、名古屋の、とある楽器店のホール。ドビュッシー『前奏曲集第1巻』の背景と技法などについておしゃべりしながら、一曲ずつ弾いていった。
第一曲『デルフの舞姫たち』は、古代ギリシャの聖地デルフを舞台に、アポロンの神殿に仕える巫女たちの彫像に想を得た音楽である。
和音を鳴らしたとたん、荘厳な響きがあたりにひろがった。
フランス人は、カワイがとても好きなのだ。やわらかくてよく響くし、色彩感も豊富だと言う。光の戯れ、虹色のプリズムを表現するには最適の楽器だ。第八曲『亜麻色の髪の乙女』。右手一本で歌いだすメロディが、思いがけずふくよかで、すき間なくなめらかに音を紡いでいく。
翌日、静岡のコンサート会場には、ヤマハの新作モデル、C6XAのグランドが置かれていた。演奏曲目は、ドビュッシーに影響を与えた一八世紀ロココの作曲家、フランソワ・クープランのクラヴサン曲である。
ピアノの前身であるクラヴサンは、繊細で秘めやかな楽器だ。一音一音は長くつづかないため、作曲家たちは意匠を凝らした装飾音で旋律を飾った。
最初に弾いたのは、『百合の花ひらく』。百合は、クープランが仕えていたブルボン家の象徴である。咲き初める一輪の百合の、痛々しいまでに清楚なたたずまいを、ヤマハは見事に表現してくれた。『小さな風車』では、可愛らしい風車そのままに、切れのよいタッチがくるくるまわる。『恋の夜鶯』は、バロック・フルートを 模した典雅な音色が、鳥たちの恋のかたらいを再現する。
ヤマハもカワイも捨てがたい個性をもっているが、共通するところもある。それは、飽くなき繊細さの追求だ。ピアニッシモのうつろいを、旋律の行間に漂う情感を、日本のピアノほどきめ細かくすくいとり、音にする楽器はない。
そしてまた、それに応える鋭敏な指も、きっと日本人が一番なのだろう。