4回連載・パートナー 第3回(みずほ情報総研 広報誌 NAVIS 2009年3月)

スタインウェイ

自分の楽器を持ち歩くことができるヴァイオリニストやフルー ティストと違って、ピアニストはホールに備えつけの楽器を弾かなければならない。

リハーサルのためにステージに出しいくと、調整をすませた大きなピアノが黒いつやつやした肌を光らせて待っている。特別に注文しないかぎり、スタインウェイのフルコンサート・グランドだ。

どんな楽器かしら? ちょっとわくわくする。
椅子に座り、鍵盤に指をすべらせた瞬間、うぇっと思うこともあるし、おっと思うこともある。
それから2時間ぐらいの間に、なんとか仲良しになろうと努力をする。

弾きはじめは指もむくんでいて、関節もぎしぎし動きが悪い。そんなときはタッチもどんより重たく感じられる。
鍵盤の跳ね返り具合に慣れてくると、指が急に軽やかにすべるようになる。それにつれて曲想もふくらみはじめる。だいたいこのあたりでリハーサルを終える。一番いいものは本番にとっておきたいから。

開演後、ふたたびステージに出ると、楽器は見違えるように艶っぽくなっている。ちょうどメイクアップして、最後にパールオンしたときのように。

スタンウェイの特徴は、切れのよいタッチと深いバス、きらきらした高音。弾きすすむにつれてざくざくと鳴ってくる。とても気持ちがいい。

でも、突然気むずかしくなるときもある。あれっ、こんなはずじゃなかったのに、と動揺する。練習が足りなかった、もっと深くタッチできるようにトレーニングを積むべきだった・・・。弾きながら反省している私。

ピアノが最高の状態になるのは、たいていアンコールのときだ。全部のプログラムを弾き終え、弾き手も聞き手もなごんでいる。

肩の力がぬけたときに弾くスタインウェイは、思いがそのまま音になり、ハート・ツー・ハートで客席に伝わる。
自分の一番やさしい気持ちを表現するための、最高のパートナーだ。

2008年10月13日 の記事一覧>>

より

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