【連載】メンデルスゾーン「甘い思い出」(なごみ 2018年7月号)

二重唱のように豊かなメロディ

メンデルスゾーンの「無言歌集」は、はじめて弾いたロマン派の音楽だった。

子どものころは手が小さいから、ハイドンやモーツァルトなど古典派の作品を課題にいただく。背が低くてペダルが踏めない(昔は補助ペダルもなかった)から、ショパンやシューマンはなかなか弾けなかった。

椅子の端っこに腰かけて足先をのばすと、やっとペダルに届くようになったころ、先生にメンデルスゾーンなら弾いていいですよと言われる。どんなに嬉しかったことか。

「無言歌集」の中でも、テンポの速い「紡ぎ歌」は得意だった。糸つむぎの車がまわるように、指がくるくるとまわって前へ前へと進む。その上で、跳ねるような元気のよいメロディが切れ切れに奏でられる。スピード感がたまらなかった。

でも、「甘い思い出」には苦労した。たっぷりとペダルを踏み、アルペッジョをかき鳴らして豊かな響きをつくりだす。左手のバスと右手のメロディが、まるで二重唱のようにやさしく歌われる。最初は二人で歩みよるように。それからメロディがくるりんとまわり、思いのたけをあらわすように、長く長くのばす。左手はその間待っている。

ずっと古典派を弾いてきたので、ルバートとしって、テンポを伸び縮みさせるやり方に慣れていなかった。さっさと先に行ってしまい、注意される。

歌っているように弾きなさい、と言われても、ピアノは弾いたそばから音が消える楽器だから、ポツンポツンと切れてしまう。

ピアノでも人の声のように音を長くのばすこと、気持ちの変化に応じてテンポも自由に変化させるコツをつかむまでには、とても長い時間が必要だった。

もしタイムマシンがあるなら、「甘い思い出」を弾く私に教えてあげたいくらいだ。

2018年7月26日 の記事一覧>>

より

新メルド日記
執筆・記事TOP

全記事一覧

執筆・記事のタイトル一覧

カテゴリー

執筆・記事 新着5件

アーカイブ

Top