【連載】フォーレ「言葉なきロマンス」(なごみ 2018年6月号)

貴婦人を魅了した、歌詞なき歌曲

フォーレはパリの上流階級のサロンで活躍した作曲家だった。当時はこんにちほどコンサートがさかんではなく、芸術を愛する貴族の妻、政財界の大物の夫人たちのサロンは、新しい音楽の演奏の場として重要な役割を果たしていた。

フォーレもやんごとない貴婦人たちに庇護され、作品を依頼され、作品はサロンで初演された。

でも、彼の名前は世間一般には知られていなかった。音楽ファンが楽譜点でフォーレの歌曲を探しても、店員は同じ名前の名高い歌手の作品を出してきたという。

少人数で趣味の高い人々のために書く作品は、ひそやかな、しかし香り高いものになる。規模の小さい中に、さまざまな工夫を凝らした贅沢品になる。「言葉なきロマンス」がそんな作品だ。

メンデルスゾーンの「無言歌」と同じく、歌詞のない歌曲…というような意味だ。フォーレはテキストをともなう作品、歌曲や劇音楽の達人だったが、ここでは優しい気持ちの通い合いを音だけで表現している。

ゴンドラのリズムを思わせるような揺れるピアノの伴奏が甘美なメロディを導きだす。心のゆらぎそのままにたゆたい、また豊にふくらむ旋律。それを支えるピアノ。ついで、旋律は二本になり、ちょうど輪唱のように同じ旋律が少し遅れてはいってきて、からみあい、高揚する。

一度クライマックスに達したところで、再び元のメロディが奏でられ、感興のおもむくままに変奏される。最後はピアノの後奏が何回かくりかえされ、しずかになる。

大劇場では伝わらない、細やかな変化。サロンでは間近にフォーレのピアノに接していた貴婦人たちは、きっと忘我の境地になったことだろう。

2018年6月13日 の記事一覧>>

より

新メルド日記
執筆・記事TOP

全記事一覧

執筆・記事のタイトル一覧

カテゴリー

執筆・記事 新着5件

アーカイブ

Top