【連載・最終回】バッハ 「前奏曲ハ長調」(なごみ 2018年12月号)

ド・ミ・ソが織りなす美しい響き

 グノーが「アヴェ・マリア」の美しいメロディをつけたバッハ「平均律クラヴィーア曲集第一巻」の第一番「前奏曲」。原曲は一七二二年、グノーの歌曲は一八五九年作だから、なんと百三十七年の時を隔てている。
 ドの音を長くのばした上で、ミソドミソドミ……。ハ長調のシンプルな和音を掻(か)き鳴らすだけなのに、どうしてこんなに美しいのだろう。
 古い時代の音楽なのに、グノーのロマンティックな作風にもぴったりフィットする。
 バッハを深く敬愛していたショパンは、この「前奏曲」にヒントを得て、「二四の前奏曲」(一八三五〜三九)の第一曲を書いている。
 同じドミソの和音をぐいっと拡大させて響きを豊かにし、そこからさまざまな音を重ねて新たなメロディを引き出してみせる手腕は、ちょうど何もない帽子から花を取り出してみせる奇術師のようだ。
 そして、バッハとショパンを深く敬愛していたドビュッシーは、「子供の領分」(一九〇八)の第一曲「グラドス・アド・パルナッスム博士」で、やはりハ長調の前奏曲をアレンジしてみせた。
 バッハと同じようにドの音を長くのばした上で、ソドレミソドミ・。細かく動く中で思いがけない旋律が枝をのばし、発展していくさまは、ショパンの「前奏曲」そっくりだ。
 バッハの「前奏曲」で私が忘れられない演奏は、皇后美智子さまがある私的なコンサートでフルート奏者の方とグノーの「アヴェ・マリア」をお弾きになったときのもの。
 ハープのつまびきのようにやさしげに、やさしげに演奏され、聴くうちに心がしゃぼん玉のように透明になり、空の彼方に飛んでいってしまうようだった。

ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685〜1750)

ドイツの作曲家。オルガン奏者や音楽監督などを務め、種々の器楽曲を多作。緻密で意欲的な作曲技法は後世の作曲家に多大な影響を与えた。代表曲に「マタイ受難曲」など。

2018年11月27日 の記事一覧>>

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