【連載】第1回 ショパン「別れのワルツ」(なごみ 2018年1月号)

  「別れのワルツ」として親しまれているショパンの「ワルツ作品69-1」は、ためらいがちな右手のイントロで始まる。波のように揺れて左手に受け止められ、また揺れて……だんだん沈んできたところで一挙に浮き上がり、思いのたけを吐露する。
 中間部は楽しげに踊りのステップを踏む。しかしすぐにまた、メランコリックなワルツに戻ってしまう。最後は溶け消えるように、無限の余韻を残して終わる。
 厳密に言えば「別れ」に際して書いたのではなく、一八三五年夏、ほのかな愛が芽生えたときに作曲された。
 捧げたのはマリア・ヴォジンスカという十六歳のポーランド令嬢。数カ国語をあやつり、センスの良いピアノを弾き、また優れた絵を描く才媛だった。
 ヴォジンスキ家は、ショパンが亡命するきっかけとなった一八三〇年十一月のワルシャワ動乱を機にドレスデンに移っており、旅行中のショパンを温かく迎えた。
 ショパンは自分を慕うマリアにピアノを教え、二週間の滞在ののち、別れ際にこのワルツを贈っている。
 翌三六年夏、ショパンは、マリアが母親と滞在していたチェコのマリエンバードに行き、一月をともに過ごしている。思いは高まり、二十六歳のショパンは十七歳のマリアに求婚する。いったんは受け入れられたものの、ショパンは身体が弱く、二、三カ月おきに寝込んでしまう。パリの友人たちからその情報を得たヴォジンスキ家は、次第に距離を置くようになる。
 三七年の夏、ヴォジンスキ家はショパンが帰ろうとしても帰れないポーランドに留まり、交流はとだえた。四年後、マリアはポーランド伯の妻になった。
 「別れのワルツ」だけが、ショパンの切ない思いを永遠にとどめている。

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