【連載】シューマン「アラベスク」(なごみ 2018年4月号)

旋律が描く、からくさ模様

攻撃的な「フロレスタン」と夢みる「オイゼビウス」というキャラクターをつくり、自らも二面性に悩まされたロマン派の大作曲家シューマン。「アラベスク」は、「オイゼビウス」が見た夢の象徴のような、不思議な魅力を湛えた小品である。

アラベスクとはアラブ風の、という意味。もともとは、アラビアの工芸品や建築を彩るからくさ模様のことだ。イスラム教の戒律で、人間や動物は意匠に使えなかったため、さまざまにからみあう草木の文様が発達した。

シューマンの「アラベスク」も、左と右手の旋律がからみあい、そこから思いがけない線がのびひろがる。さまざまな線を絶えずからませながら、音楽は訴えるような色彩を帯びて高揚するものの、シューマンの常としてすぐに下降し、降りたところでたゆたう。アラベスク部分をはさんで、二つの性格の異なる楽曲が連結されている。どこか伝説ふうの趣のある第一部分では、左手と右手が同じ旋律をなぞる。聞き手はおとぎ話を聞いているようなノスタルジックな気分になる。第二部は、騎馬ふうの飛び跳ねるようなモティーフで開始するが、次第に悲しげな色調を帯びる。

再びアラベスク部分に戻り、最後はからくさ模様がスローモーションでほどけていくようなゆったりしたコーダで終わる。

子供のころ、といっても「アラベスク」を弾いていたのは小学校五年生だったからそんなに幼くもなかったわけだが、このコーダ部分が好きだった。

鍵盤に指をすべらせ、旋律のからみあいをなぞりながら、ほんの少しの音色の変化も聞き逃すまいと耳をすませる。現実が遠のいて、蜃気楼のようなものに包まれる。

今も「アラベスク」を弾くと、そのころの陶然とした時間が鮮やかに蘇る。

ロベルト・シューマン(1810〜56)

ドイツ・ロマン派の代表的作曲家。歌曲集「女の愛と生涯」やピアノ協奏曲をはじめ、数多くのピアノ曲や交響曲を作曲。一方、「新音楽時報」の主筆として音楽批評の筆をとった。

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