【連載】シューベルト「即興曲」(なごみ 2018年5月号)

小品に連なる陽気と憂愁

シューベルトは泣き笑いの作曲家だと思っている。

わずか三十一歳でこの世を去ったのだから、もちろん悲劇的ではあるのだが、幸福な家庭に育ち、友人に恵まれ、「シューベルティアーデ」という集まりでピアノを弾き、踊り、歌った。その楽しげな雰囲気の中にふと、まもなくそこから去らなければならないという憂愁が忍び寄ってくる。しかしまたすぐ楽しげになり、何事もなかったように歌い、踊る。

シューベルトの音楽の場合、悲劇的な部分より、かえってこの陽気な部分がたまらなく哀しいのだ。

先輩のベートーヴェンを深く尊敬していたにもかかわらず、自身はあまり構成力のなかったシューベルトは、ソナタのように規模の大きなものより、ほんの筆のひとはけのような小品にこそ魅力がある。その名も「即興曲」というシューベルトのピアノ曲は、作品90と作品142の二つのユニットに分かれ、それぞれ四曲ずつが収められている。

私が大好きなのは、変奏曲の形をとった作品142の第三曲。変奏とは着せ替え人形のようなもの。本体はひとつだが、さまざまな衣装を着せることによってまったく違う表情を見せる。

キーはふんわり柔らかな変ロ長調。踊るようなリズムに乗った幸福感に満ちた主題がさまざまに変奏される。繊細な筆遣いで夢みるように、元気に踊りはねるように、ゆったりと祈るように、ときに激しく悲劇的に。

終曲は、右手がチャーミングなメロディを奏で、左手のト、トーントという伴奏がそれを支える。目にもとまらぬ指先の妙技を披露したあと、次第に速度をゆるめて降りてくる。主題が賛美歌のような和音の連なりで再奏され、慈しみに満ちた余韻を残して終わる。

フランツ・シューベルト(1797〜1828)

オーストリアの作曲家。古典派とロマン派とにまたがり、旋律の美しさと豊かさ、響きの独特な陰影で知られる。「鱒」などのピアノ曲、交響曲、室内楽曲を作曲。

2018年4月23日 の記事一覧>>

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