【書評】ジョシュア・ハマー著『アルカイダから古文書を守った図書館員』(産経新聞 2017年7月30日朝刊)

『アルカイダから古文書を守った図書館員』
ジョシュア・ハマー著/梶山あゆみ訳(紀伊国屋書店・2100円+税)

手に汗握る運び出し作戦

先ごろ、イラク北部モスルの「イスラム国(IS)」からの解放が伝えられたが、2012年には西アフリカ、マリ共和国のトンブクトゥが「イスラム・マグレブ諸国のアルカイーダ組織(AQIM)」に占領された。

本書は、過激な武装勢力からトンブクトゥに伝わる貴重な古文書を守ろうとした男、ハイダラの物語である。

同地は16世紀に学問の都として栄え、宗教関係以外にも天文学、医学など実に幅広い分野で写本がつくられ、美しい飾り文字で彩られていた。ハイダラは、父親の跡を継いで砂漠に眠る古文書の収集に尽力する。

辺境の村人の心を開かせる交渉術がおもしろい。威嚇しないように貧しい格好をし、懐には大金をしのばせる。

「買う」ではなく「交換」という表現。苦労して箱を開けさせても、古文書はシロアリの餌食になっていたりする。

艱難(かんなん)辛苦の末に集めた古文書を納める45の図書館を建ててほっとしたのもつかの間、都はAQIMの占領下に。トンブクトゥの宗教観は形式にとらわれない自由なものだったため、そうした思想を教える古文書はイスラム原理主義者には目の敵にされる。

なんとか安全なところに運び出さなければならない。

フォード財団の支援を得て37万7千冊もの古文書を市内の民家に分散させたが、聖戦主義者たちは殺獄(さつりく)をくり返し、次々に霊廟(れいびょう)や図書館を破壊していく。ハイダラは、トンブクトゥ脱出を決心する。

おいのモハメドによる運び出し作戦は、まさに手に汗握る。2つの検問所を無事通過し、安全地帯に入ったと思ったとたん逮捕。やっと解放されると、今度は本の重みでタイヤが動かなくなる。

〈車や船を走らせ、けんか腰のテロリストの目をかいくぐり、疑りぶかいマリ兵の検問所を抜け、追剥ぎやヘリコプターの攻撃をかわし、命にもかかわりかねない幾多の障害を乗り越えた〉

2013年1月、フランス軍の空爆でAQIMが撤退したとき、失った本は一冊もなかった。ハイダラはトンブクトゥの宝を守り通したのだ。

評・青柳いづみこ(ピアニスト、文筆家)

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