「『天使のピアノ』が奏でた音」(文藝春秋 2019年5月号)

 皇后美智子さまがすばらしいピアニストでいらっしゃることは、音楽関係者の間で広く知られています。毎夏草津アカデミーで講師をつとめる著名演奏家と共演なさり、テレビのニュースでも放映されています。
 私が初めて間近でご演奏をお聴きしたのは、二〇〇七年、日本初の知的障害者施設、滝乃川学園のチャペルで「天使のピアノ」を弾かれた折りのことでした。
 「天使のピアノ」は滝乃川学園の創設者夫人、石井筆子が所有していた日本最古級のアップライト・ピアノのことで、前面に天使のレリーフがはめ込まれています。父違いの兄が施設にお世話になっていた関係から、私も何度か弾かせていただいていました。
 滝乃川学園は皇室とゆかりがあり、美智子さまも筆子と「天使のピアノ」に深い関心を寄せてくださっていたようです。二〇〇四年、立教女学院の聖堂でコンサートが開催されたときは聴きに来てくださり、調律師の小野哲さんに熱心に質問されていました。
 三年後、学園側のたっての願いで、美智子さまが「天使のピアノ」を演奏なさる機会が訪れました。古い楽器でメカニズムもやや特殊なので、事前に美智子さまからお電話があり、ふさわしい楽曲などについてご説明させていただきました。
 当日、フルート奏者の大和田葉子さんとチャペルにお越しになった美智子さまは、入所者や学園関係者が見守る中、石井筆子愛唱の賛美歌を弾いてくださいました。筆子の伝記から聖歌の番号を調べ、楽譜を探されたとのことです。
 独奏のあとは、大和田さんのフルートとともに、バッハーーグノー『アヴェ・マリァ』とリムスキーコルサコフ『インドの歌』。美智子さまの奏でる音はそのお声のようにすずやかで美しく、清洌な中にも熱い想いのこもった表現に、列席者一同心打たれたのでした。
 終演後、感激した兄が思わずかけよって握手を求めてしまい、美智子さまが優しく応えてくださったのも、兄が亡くなった今では尊い思い出です。

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