次から次に著名な芸術家たちが登場する楽しい本。
音楽好きにはこたえられない女性作曲家の回想録
なぜか、女性には作曲ができない、ということになっている。構築性や客観性に欠けるからだそうな。文学や美術だって同じだと思うが、女性作家や画家なら沢山いるのに、どうして?
『ちょっと辛口』は、フランス六人組唯一の女性作曲家、ジェルメーヌ・タイユフェールの回想録である。一九二〇年に評論家のアンリ・コレが命名した六人組は、サティの弟分たち、ミヨーやプーランク、のちに映画界に転身して「ローマの休日」の音楽を手がけたオーリックなどが、詩人のコクトーとロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフのあとおしで華々しく活躍してきた。コクトーのまわりには、ピカソやストラヴィンスキーが集まり、カフェ・レストラン 「屋根の上の牡牛」でジャズに興じた。 いわゆる 「狂乱の時代」である。
タイユフェールは一八九二年生まれ。一歳半でおもちゃのピアノを買ってもらい、指一本で童謡「月の光」を弾いたのが最初の音楽体験という。非常に耳がよかった彼女は、聴きおぼえのあるメロディをキーを移して弾くのが得意だった。五歳になると楽器をグランド・ピアノに変え、耳で聴いただけでモーツァルトを弾くという天才少女ぶりをみせた。
しかし、当時のプチ・ブルジョワの女性は、良き家庭の主婦になる以外に道はなく、芸術を職業にすることなど考えられなかった。タイユフェールは父親に内緒でパリ音楽院に通い、父親が仕事に出かけている間にピアノの練習をした。
演奏より理論に優れていたタイユフェールは、二十一歳で対位法と和声法で一等賞を取り、作曲家への第一歩を踏み出した。彼女を推奨したのは、音楽院の院長だったフォーレと、審査員に加わっていたドビュッシーである。二人は、試験のあと、タイユフェールの作品を連弾で弾いた。何という贅沢なデュオだったことだろう―
六人組の最初で最後の共演は、一九二一年にシャンゼリゼ劇場で上演され、スキャンダルを巻き起こした スウェーデン・バレエ団の 「エッフェル塔の花嫁花婿」である。それぞれが分担で音楽を作曲したが、タイユフェールはここで「電報のワルツ」を書いている。
同じ年、タイユフェールは、ピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインの仲立ちでヴァイオリニストのジャック・ティボーに会い、恋に落ちた。翌二二年、ティボーはタイユフェールが作曲して彼に捧げた「ヴァイオリン・ソナタ」をコルトーのピアノで初演している。 しかし、名演奏家として世界を駆けめぐるティボーとの恋は、タイユフェールにとって辛い時間の連続だった。結局ティボーはルービンシュタインの助言で二人の恋に終止符を打つことになる。
こんなふうに、次から次に著名な演奏家や作曲家、詩人、画家たちが登場する『ちょっと辛口』は、音楽好きにはこたえられない楽しい本である。