“オム・ファタル”太宰治の「最後の心中」につきそった。
山崎富栄の評伝『玉川上水情死行』
1930~40年代の日本に出現した「宿命の男」
「ファム・ファタル」というフランス語がある。「宿命の女」とか「運命の女」と訳されることが多いが、要するにこれに会ったら百年目、というような女のことだ。これの男性版「オム・ファタル」もある。具体例はドン・ファンやファウストなど。二十世紀初頭の辞典では女性版より先に掲げられていたが、いつの間にか姿を消してしまったらしい。
太宰治は、一九三〇~四〇年代の日本に出現したオム・ファタル。まさに、これに会ったら百年目という男ではないんだろうか。何しろ、最初の妻初代も銀座のホステス田部あつみも、太宰の自殺願望の巻き添えになり、あつみなど、わずか十七歳の命を散らしているのだから。
『玉川上水情死行』は太宰の最後の心中相手となった山崎富栄の評伝である。富栄と面識があった著者の梶原悌子は、太宰の伝記や周辺の文学者の回想などで富栄が一方的に悪者にされているのに反撥をおぼえ、本著を書いたという。
富栄は太宰につきまとう眼鏡の怖い女というイメージがあるが、 著者の見た彼女は色白で鼻筋が通り、切れ長の目に整った口もと、頬の線のやわらかな夫人だった。銀座の美容室を義姉の山崎つたと切り盛りしていた富栄は戦争未亡人となり、一時著者の叔母の経営する鎌倉の美容室で働いていたが、やがて三鷹の美容院に移って太宰と知り合った。
山崎つたは、著者にこう語ったという。「今考えるとね、太宰さんにとって富栄さんはほんとに便利な人だったと思うのよ。愚痴は言わないし、利用されるだけ利用されたのね」「あの人、女に慣れてて、話がうまかったんでしょうね」
富栄の日記にあらわれる太宰は、歯が浮くようなセリフを次々と並べる。
「死ぬ気で、死ぬ気で恋愛してみないか」「有るんだろう? 旦那さん。別れてしまえよオ、君は、僕を好きだ」
僕が君を好きだ、とはひと言も言っていないところが、ずるい。ホストクラブで参考にしたらいいような話術だ。
太宰が『斜陽』を書くために太田静子の日記を借りた話は有名だが、富栄との間にも同じような話がある。太宰は、絶筆となった『グッド・バイ』の材料にするために、新しい恋人ができたと偽の告白をして富栄の反応を見るのである。本気にした富栄は日記に、「作夜、自殺しやうと書置いた。泣きながら、これでもう最後ね、と心に云ひながら、新しいおねまきと更へて差し上げる」と書く。
あまりにもまともに受け取られてあわてた太宰は、必死でなだめようとする。
「赤い糸で、むすばれてゐるような二人なんだ、お前でおしまひにするよ。 信じてね、死ぬ時は一緒だよ」「離れないで守ってね。僕は、本当に駄目なときがあるんだ」
こんなんで、女はほだされるのかなぁ。ほだされるね、きっと。男の方は、ひたすら一緒に死んでくれる相手を探していただけかもしれないのに。