【書評】テディ・パパブラミ 『ひとりヴァイオリンをめぐるフーガ』(藤原書店)

恐怖政治から逃れ演奏

テディ・パパヴラミ著
山内由紀子訳

フランスを拠点に活躍するアルバニアのヴァイオリニスト、テディ・パパゥラミが自らの半生をつづった書。著者は文学者としての顔ももつ。喚起力豊かな文章で、祖父のドドや謎の美少女シルヴァはじめ登場人物が生き生きと描写され、私小説に近い手ざわりの作品になっている。

テディは1971年、共産主義の独裁者エンヴェルが恐怖政治を敷くアルバニアに生まれた。日本が生んだ天才ヴァイオリニスト、五嶋みどりと同い年である。父親に手ほどきを受けたあと、11歳でパリ国立高等音楽院に留学、大使館の監視つきの生活を送る。

旧ソ連の国々はクラシック大国だが、アルバニアは大変に遅れていたらしい。テディも入試に首席で合格したヴァイオリンの腕前は問題なかったが、音楽理論では落第の憂き目を見る。

息子の将来のためには亡命するしかないと両親が決意したのは、彼が14歳のとき。くしくも、五嶋みどりがバーンスタインと共演中に弦を切りながらも演奏を続け、名声を得た年だった。

独裁国家では亡命者の家族には厳しい制裁が待つている。愛するドドはじめ15人もの親族が、政権崩壊までの4年間、つらい労働などを強いられることになる。彼らの犠牲と引き換えに得た勉強の機会。「もはや、僕の音楽的野望は、もし目標を達成できなければ少し言い訳をすれば済むような個人的な妄想とか、道楽ではなくなっていた」

呵責(かしゃく)に耐えながら修行に励んだテディは、22歳のとき見事サラサーテ・コンクールで優勝する。歓喜の夜、母から悲報が告げられた。いったんは受け入れたものの、翌朝、ホテルの食堂に流れるギターの調べが一挙に思い出をよみがえらせる。「僕たち家族のみんなのことを知っているメロディーは、一滴ずつ結論をしたたり落した」

朝食の皿を前にテディが泣くシーンは、涙なくしては読めない。

評者=青柳(あおやぎ)いづみこ・ピアニスト、文筆家
(藤原書店・4968円)


2016年6月12日 秋田さきがけ
6月19日 神戸新聞、福井新聞、山陰新聞、熊本新聞、京都新聞、中国新聞、愛媛新聞、徳島新聞
7月10日 神奈川新聞、新潟日報
7月31日 山陰中央新報、静岡新聞


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