「会う食べる飲む、また楽しからずや 」(週刊現代 2012年11月24日)

第八十八回 青柳いづみこさんの巻
ドビュッシーの響きを造るには繊細な耳、繊細な指が必要
素敵な料理とお酒が私の感覚を研ぎ澄ませてくれる

○月×日 8時に起床。朝食と昼食を兼ねてサンドイッチを食べ、午後は目前に控えたドビユッシー生誕150周年記念コンサートの通し稽古。18時ごろまで、ソプラノ歌手の吉原圭子さん、バリトン歌手の根岸一郎さんの歌に合わせてリハーサルしました。

リハーサル終了後、プロデューサーと歌手のお二人と一緒に、阿佐ヶ谷のスペインバル『RISE』に飲みに行くことに。活気があって、肩がこらない素敵なお店です。

香辛料の風味が野菜の味を引き立てる、マリネ風のサラダ「5種野菜のモロッカ」が絶品。青じそと小ヤリイカのパスタ、イベリコ豚と豆の煮込みなど、どれもおいしい料理を食べながら、ワインを飲みます。

根岸さんはパリ・ソルボンヌ大学で修士課程を修了した変わりダネの歌手で、論文の内容は「フランス文学が落語に与えた影響」というもの。そんな話を聞きながら、吉原さんは料理をもりもり食べていて、小柄なのにどこに入るのだろうとびっくりしました。

気がつけばもう23時。千葉県に住んでいる根岸さんが終電を気にしはじめたので、この日はお開きにしました。

「モロッカ」
オクラ・れんこん・トマトなど5種類の野菜を使った「モロッカ」は仲間との会話も弾む、
楽しい一皿

○月×日 浜離宮朝日ホールでのコンサート当日。19時の開演に備え、15時に楽屋入りして、打ち合わせや着替え、メイクを済ませます。

本番前は、おにぎりと砂糖を入れたコーヒーを1杯。普段はブラックで飲むのですが、演奏中にガス欠にならないように、糖分をしっかり補給しておきます。

お客さんも熱心な方が多く、「月の光」などドビュッシーの名曲から、浮浪者と貴婦人の情事をコメディタッチで描いたアンコール曲「気の良いご婦人」(シャルル・ド・シヴリー)まで、コンサートは大盛り上がり。気持ちよく演奏することができました。

終演後、サイン会を終えて、22時に打ち上げ会場の京風ダイニング『おまつとさん絆』へ。歌手のお二人や、私の本の担当編集者、テレビ関係者のみなさんなどとともに、鰊(にしん)旨煮と秋野菜の炊き合わせ、鱧の葛包(はもくずつつ)みなど、品がよく秋を感じさせてくれる料理に舌鼓を打ちつつ、この日の演奏を振り返りました。

○月×日 レコーディングの打ち合わせでパリへ。時間を作り、私がいまもっとも注目している71歳のピアニスト、アンリ・バルダ氏と食事をすることにしました。

彼はユダヤ人で、16歳まで暮らしていたエジプト・カイロを国粋主義政策で追われ、移住したパリでも白い目で見られ……という波乱の人生を歩んできました。演奏を聴けば、紛れもない天才。でも、いつ会ってもグチばかりの偏屈な性格もあってか、この年までなかなか売れなかったのです。

二人でパリ7区の人気レストラン「ビストロ・デュ・セッチエム」に入り、私は日本では食べられなくなった生肉のタルタルステーキを堪能。バルダはウエイターさんに小言をいいながら、おいしそうに料理を頬張っていました(笑)。
 ときにやさしく、ときに凶暴にーとても英才教育だけでは生み出せない、唯一無二のピアニスト。来年には彼の本を書き上げようと思っているので、「よしよし」となだめながら、少しずつ言葉を引き出しました。

○月×日 フランスから帰国したその足で、日本ピアノ教育連盟の公開レッスンを行うため、鹿児島県の東郷音楽学院へ。子どもたちも大学生もドビユッシーを勉強してくれていて、とてもうれしく思いました。

レッスンを終えて、城山観光ホテル内のフレンチレストラン『トップグリル スカイラウンジ』でフルコースをいただくことに。

普段から高級な料理を食べているわけではないのですが、音楽学院の院長先生とホテルのオーナーがご友人ということで、今回は特別。松茸を使ったスープは香りがよく、また殻付きの伊勢エビ料理が出てきたので、スプーンで味噌までしっかり食べました。

部屋に戻ると、ドアの下に「シェフからフルーツのプレゼントがあります」とのメモが。温泉に浸かり、マッサージにかかって、日付が変わったころにこれを思い出し、メロンやブドウをいただきました。至れり尽くせり、長旅とレッスンの疲れも癒える一夜でした。

○月×日 都内での講演を終えて、帰りがけに阿佐ヶ谷のダイニングバー『びすとろ空』へ。カウンターにテーブルがひとつだけの小ぢんまりとしたお店ですが、最近、指揮者で飲み仲間の田部井剛くんとふらりと立ち寄ってから、お気に入りの一軒になりました。

メニューは仕入れによって変わるので、黒板に書かれています。この日のオススメ「キーマカレー」はジックリ煮こまれ、香辛料もほどよく利いた逸品。マスターは無口な職人気質。料理からは自信とこだわりが漂います。「この店はおいしそうだ」という田部井くんと私の嗅覚も大当たり。音楽関係者には食通が多く、食べる愉しみを共有できることを幸せに感じます。よい食事をすれば、またよい音楽を奏でるエネルギーが湧くというもの。音楽でつながる友人たちとテーブルを囲み、贅沢な時間を過ごしたいと思います。

今回紹介した店

*RISE 
 東京都杉並区阿佐谷南3-37-3 1F 最寄駅/阿佐ヶ谷

*おまっとさん絆
 東京都中央区銀座8-10-17 銀座サザンビル 8F 最寄駅/新橋

*トツプグリル・スカイラウンジ
 鹿児島県鹿児島市新照院町41-1 城山観光ホテル内 最寄駅/鹿児島中央

*びすとろ空
 東京都杉並区阿佐谷南3-34-13 田中ビル1F 最寄駅/阿佐ヶ谷

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