斎藤雅広の「お江戸で連談!」Vol.47 青柳いづみこさん(ショパン2018年10月号)

斎藤雅広の「お江戸で連談!」 Vol.47 青柳いづみこさん

斎藤 「お江戸で連談!」今回は第47回目、ゲストは青柳いづみこさんです。
青柳 よろしくお願いします。この対談いいわね、お食事つきなんて(笑)。
斎藤 ま、これは僕の宴会の延長線上ですからね。今年はドビュッシーの没後100年!ドビュッシーといえば青柳さんだから、お忙しいでしょう?

青柳 ドビュッシーは私の恩師が「安川加壽子先生だったから」ということが、大きなご縁だったのね。最初はベートーヴェンとかを弾いていたのですけれど。
斎藤 それは、またまたビックリ情報ですね。
青柳 「何でベートーヴェン?」と言われると困るんだけど(笑)、両親が子供の頃から家でLPレコードをよく流していてくれていたのよね。
斎藤 なるほど!むしろ新鮮な形でフランス音楽に出会われたんですね?
青柳 安川先生の周りには、ドビュッシーをはじめとするフランス作品を上手に演奏する方も多かったから、その影響ももちろんあった。また祖父がフランス文学者だったので、ドビュッシーの周りの文学的な見地からも多くのことを学べたし、スッと入っていけたというか。そういうアプローチって誰もやっていなかったのよ。
斎藤 それは必然的な流れですね。ところで今もベートーヴェンお好きですか?・
青柳 ベートーヴェンは駄作がありませんね。昔は、フランスで勉強してきた人間がベートーヴェンを弾くと、「音が明るい」とか「違う!」とか(笑)。いろいろ言われちゃったりしたもんだけど、今はそういうこともないから、いい時代よね。
斎藤 でも、イヴ・ナットとかイヴォンヌ・ルフェビュールとか。あの当時こそ、ドイツ人よりも厳格なベートーヴェンをフランス人が弾いていたのに(笑)。
青柳 ルフェビュールの弾く後期のソナタも素晴らしかったわ。

演奏法の歴史あれこれ

斎藤 往年のフランスのピアニストの弾き方って、おそらくハイフィンガーですよね。
青柳 そう、それでペダルを多めに踏んでね。でも表情や色彩は失わせないという独特なスタイルで。
斎藤 それが間違って日本に伝わってしまっている感じ、ありません?(笑)伝統の伝達が上手く行っていないと、本当に良くないと思います。
青柳 伝達といえば、フランスのあるピアニストとちょうどドビュッシーの録音を終えた時に対談したんですけど、私が新しいエディションのことを持ちだしたら、彼、真っ青になって。知らないで録音しちゃったのよ(笑)。
斎藤 あはははは、それは他人事じゃないかも(笑)。例えばショパンですよね。ご存知エキエル版、私はちょい苦手なんです(爆笑)。これが正しいと言われちゃうとね。やはり研究せざるを得ないし。
青柳 私もどちらかと言えば苦手(爆笑)。まず音がなじめないわよね。それに、もともとショパンは出版のたびに本人がいろいろ書き足したり、装飾部分にもいろんなバリエーションが存在するスタイルなわけだから、「これしかダメ」みたいなものではないと思うのですよ。
斎藤 いつも言うんですけど、原典主義というのには矛盾があるんです。ラフマニノフってあれだけ弾ける人だし、その本人の演奏が遺っているのに、誰もそういう風に弾かないでしょ(笑)。それこそラフマニノフらしく弾いたらどうだ!ってね(笑)、思っちゃう。
青柳 あはははは(笑)。ショパンも流派がいろいろあって、直弟子のミクリの系統の演奏はこれまで軽んじられてきたような気がします。例えば、ラウル・フォン・コチャルスキの演奏とか。
斎藤 コチャルスキー!!それほど昔の人じゃないから、いっぱい録音が遺っていますよね。セルジュ・チェリビダッケと協奏曲も弾いています。
青柳 良いわよね。ショパンの言った「ベル・カント奏法」を今に伝えていると思います。彼の講習会でのテキストなども本になっているんだけど、ポーランド語では訳されてなかったりしてね。
斎藤 そういえば、今年はピリオド楽器のショパンコンクールがあるとか。青柳さんも行かれるんですよね。
青柳 行くつもりです。モダンな楽器に近づけて弾くのか、古楽器としての良さを出すのか、コンテスタントの演奏が楽しみ。
斎藤 青柳さんのコンクールでのルポも人気ですが、最近の若い方はどうですか?
青柳 自由な時代になったからだけど、若い人が19世紀の演奏家のスタイルに感化されて、表面的だけ個性的な演奏になっているのを聴くと、ちょっと「?」とは思ったりするわね。

本格的な二足のわらじ

斎藤 青柳さんはピアニストでもあり文筆家でもあり!……絵も描いていませんでした?
青柳 絵は……(笑)、本の表紙とかですね。昔は書きました(笑)。文筆・家のほうは留学を終えて、より名前を知っていただくために、チョコチョコっと音楽雑誌などに文を載せたのが最初で、これは皆さんと一緒ね。それがとても好評で、仕事みたいに膨らんできたのです。そしたら安川先生が「せっかくなんだから、もっと深めたほうが良い」ってアドバイスをくださって。それで藝大の博士課程に行きました。
斎藤 そうだったんですか。自然な流れで二足のわらじを履かれたのかと思っていたら、本格的に準備されたんですね。さすがです。
青柳 30年くらい前に『ショパン』でも連載をしていたのよ。『ピアノの話』ってタイトルで、ピアノにまつわるエッセイだったんだけど、内藤さん(株式会社ハンナ会長)は結構しっかりと、私のことを見抜いてくださって。
斎藤 普通のピアニストだと、きちんとした評伝とかはなかなか書けませんものね。その辺りの眼識があるから、邦人作品も積極的に取り上げることができるんですね。
青柳 内容があるというか、感情が移入できるものは弾きます。私、実は現代音楽ってダメだったの。
斎藤 それもイメージと違いますよ(笑)。
青柳 若い頃は特に。作曲家から音と音とのつながりを考えて演奏しちゃいけないって言われたり(笑)。それは「音楽」というよりは「音」でしょう?さらに電子音楽とか、音それ自体に感情が無いわけで。そこまで音楽を進化させなくてもね〜(爆笑)。
斎藤 まあ、時代が変わっただけで、人間そのものはバロック時代と一緒ですもんね(笑)。
青柳 あはははは(笑)、確かにそうね。ドビュッシーも私、最初は歌曲が好きだったわ。
斎藤 ドビュッシーの若い頃の歌曲大好き!素晴らしいメロディにあふれていて素敵ですよね。もともとは、ああいう情感の人だったんでしょうね。時代に追われて尖った作風を作らざるを得なくて……。作風と自分自身が同化できたのは、最晩年のソナタかなあ?そういう意味では、もっと長生きしてほしかったですね。
青柳 その通り。私もそう思う。大体ご自分が悪いのよ(笑)。
斎藤 え?(笑)、それは何?
青柳 怠け者というか(爆笑)。計画を立ててもなかなか着手しなかったり、台本作者にばかり文句をつけたり。ちゃんとしてないのよね。
斎藤 ま、その「いいかげんさ」があるからこそ、良さもあるのでは?(笑)
青柳 あの当時、抜群の技術を持っていたピアニストのリカルド・ビニェスっているじゃない?ラヴェルは彼の精緻なピアニズムが好きだったけど、ドビュッシーはそこが嫌いだったらしいのよ(笑)。《映像》の〈金色の魚〉の録音とかがあるわよね。
斎藤 ビニェスは、今この時代で聴いても上手なピアニストです。

名演は直感から!

斎藤 フランスの名ピアニストといえば!マルセル・メイエって、日本ではほとんど知られていなかったというか。重要な人だと思うんですがね〜。
青柳 六人組と一緒にいたし、フレンチ・バロックみたいなものから当時の現代音楽の初演まで、歴史の証人の一人でもあったわよね。ピアニストはレコード会社など都合でメジャーになったり、忘れられたりするから。
斎藤 メイエさん、最近になって日本でもいろいろ手に入るようになって。ストラヴィンスキーとかもたくさん弾いてますよね。青柳さんも最近、高橋悠治さんとストラヴィンスキー弾かれましたね。
青柳 ストラヴィンスキーって弾いてみると、ドビュッシーに与えた影響を強く感じるわね。また和音も繰り返されるたびに変えていて、色彩的にも実によく考えられているのよね。
斎藤 皆さんに聞いているんですが、本番は緊張されたりしますか?
青柳 緊張はしないんだけど、次の音が見えなくなる時があるでしょ?あれがまずいわよね(爆笑)。良い時って音楽の先がわかるというか、ラインのようなものが見えるのよね。
斎藤 それ、よくわかります。
青柳 全く思いもかけない時に、名演が生まれたりするし(笑)。でも、斎藤さんは昔からバリバリ弾かれてらつしゃるから緊張もないでしょ?
斎藤 いえいえ、僕は緊張するほうだのから、気分良く舞台に出られるかどうかってことがとても大切なんですけど。
青柳 そうなの?私はそういう感じじゃなくて、メイクをする時に鏡を見たら何か上手くいきそうとか、ピアノの前に座ったら「いける!」とか、このドレスなら……とかね(笑)、そういう直感みたいなものがあるかも。
斎藤 あははは。それが「気分よく舞台に出られる」ってことじゃないですか(爆笑)。

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AOYAGI Izumiko
フランス国立マルセイユ音楽院首席卒業。83年、東京芸術大学大学院博士課程に再入学。89年、論文『ドビュッシーと世紀末の美学』により、フランス音楽の分野で初の学術博士号演奏と執筆を両立させる希有な存在として注目を集める『翼のはえた指』で吉田秀和賞、『6本指のゴルトベルク』で講談社エッセイ賞、『ロマンティック・ドビュッシー』でミュージックペンクラブ音楽賞、近著に『ピアニストたちの祝祭』、『唯一無二の時間を求めて』、CDに『ドビュッシーの夢』がある一

SAITOH Masahiro
東京藝大出身、18歳で第46回日本音楽コンクールに優勝、NHK交響楽団との共演でデビューNHK名曲アルバム、ニューイヤーオペラコンサート、子供番組、趣味悠々の講師役等で圧倒的な人気を集める。
歌曲伴奏でも我が国最高の名手という評価を不動のものにしたデビュー40周年を迎え、存在感をさらに大きなものとしている。
http://www.masahiro-saitoh.com/

Nobles Oblige(ノブレス・オブリージュ)
〒103−0024東京都中央区日本橋小舟町6−16日本橋グリーンビル5F
問03−6661−7577
定休日 日・祝
営業時間 月〜土11:30〜14;00(L.O13:30)/17:00〜22:30(L.O21:30
一皿一皿まるで宝石のように見目麗しいフレンチを堪能。中でも斎藤さんオススメの、フランスのハンパーグ的位置付け「ステーク・アッシェ」は、しっとりジューシーな肉がぎっしり!肉そのものの旨みが味わえる至極の一品!

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