ショパン:練習曲集  ポリーニVSコルトー(Mostly Classic 2014年9月号)

優雅で多彩、自分で自分の音楽の舵取りをするのがうまいコルトー
完全無欠の技巧は、作品10より作品25の方で生きているポリーニ

文 青柳いづみこ◎ピアニスト・文筆家

ショパン:12の練習曲

 <作品10>
 作曲…1829〜32年
 出版…1833年
 献呈…フランツ・リスト
 
 <作品25>
 作曲…1832〜36年
 出版…1837年
 献呈…マリー・ダグー伯爵夫人

完全無欠の技巧で知られるマウリツィオ・ポリーニの伝説の名盤と、技巧的にやや難のあったアルフレッド・コルトーの練習曲では、問題なくポリーニに軍配が上がるだろうと思われるかもしれないが、実はそうとばかりも言えない。

いかに練習曲といえど、ショパンの場合は優れた芸術作品となっている。音楽を司(つかさど)る3つの要素、メロディ、ハーモニー、リズムに焦点を当て、ミスタッチには耳をつぶって聴くと、ポリーニ盤ではやや物足りないところをコルトーがしっかりカバーしているのがよくわかる。

たとえば、作品10−1。うねるようなアルベッショはコラールを分散した形と考えることができる。ポリーニ盤はダイヤモンドのように磨き抜かれた音が鉄砲玉のように飛び出してくるが、ハーモニーごとの表情の変化にとぼしく、バスも一本調子だ。コルトーの演奏は和声の変化につれてバスの色もかわり、ニュアンスに応じて多彩なタッチを駆使する。

音楽的な性格は正反対だが、11番もまたアルペッジョをかきならす練習曲だ。コルトー盤は妖精が踊っているような魅力的な演奏。和声ごとに万華鏡のように表情が変わる。コルトーは指揮者でもあり、自分で自分の音楽の舵(かじ)取りをするのがうまい。作品10−4では左手が指揮棒がわりに右手を支配している。ポリーニ盤はどの音にもくまなく光が当たり、ぼやけたタッチがひとつもないのはすごいが、ややそろいすぎの感がある。

5番「黒鍵」や7番はコルトーの魅力全開である。羽根のような軽やかさ、キラキラ光るタッチ、チャーミングなリズムのはずみ、細かい音の溶かし方がすばらしい。

10番は和音を分割し、ペダルで響かせたり、軽くとばしたり、フレージングの妙が求められる。コルトー盤が優雅に処理しているのに対して、ポリーニ盤は濃淡をほとんどつけず、ショパンの繊細な書法があまり活かされていない。

こんな印象は作品25になると逆転する。メロディをくっきり出し、ときにバスとのタイミングをずらして盛大にルバートをかけ、バスにオクターヴを足したりするコルトーの19世紀的なアプローチは、1番や7番、5番の中間部ではやや強引に感じる。

抒情的な練習曲でのポリーニの歌い方は初々しく、ふっと翳(かげ)る部分も好感がもてる。3番はトリルが鮮やかで、4番は切れがよい。むずかしい重音の練習曲である6番や8番は響きがきれいに出てしなやか。10番はオクターヴのレガートが見事で、ブルドーザーのような迫力がある。中間部は一転して極上のピアニッシモで心をこめて歌う。

11番「木枯らし」での壮麗な演奏はポリーニの独壇場だ。これらの難曲でコルトーは技術不足を露呈している。

2人とも捨てがたいのが作品25の2番と9番。いずれもステキな演奏だが、コルトーが成熟した女性の魅力をふりまいているとすれば、ポリーニは清純な乙女のエレガンスといえようか。

アルフレッド・コルトー Alfred Cortot

コルトー(ピアノ)
収録:1933〜34年
(ワーナー)
WPCS−23075
※EMI原盤、
8月20日発売予定

マウリツィオ・ボリーニ Maurizio Pollini

ポリーニ(ピアノ)
収録:1972年
(ユニバーサル)
UCCG−2002
※DG原盤

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