破滅と耽美の世界にワクワク ピアニスト青柳いづみこさん
男を惑わせ、人生を狂わす「宿命の女」。そんな女性たちをピアノで表現したCD「水の音楽」と、同タイトルの評論書を同時に出版し、昨年話題を呼んだ。『ショパンに飽きたら、ミステリー』では、寝起き顔にサングラス、サンダル履きで近所の古本屋に出没する日常を軽妙なエッセーにつづった。こんな才人が「とがったところがそろってる」と絶賛する行きつけの書店に同行した。
東京・南阿佐ヶ谷の「書原」。「一応、音楽家なので……」と、まず音楽書コーナーへ。今は亡き奇才のテクニックをCD付きで解き明かした『グレン・グールド 演奏術』を買った。
オカルトや幻想文学にまつわる本も充実している。「この辺はもう垂涎。だいたいこの辺に入り浸っちゃう」。澁澤龍彦や寺山修司も好んだという作家の奇矯な人生を描いた『レーモン・ルーセルの謎』を手に取る。「この人はラヴェルと同じ時期にパリの音楽院にいたんですよ」
続いて女性論が並ぶコーナーへ。現在書いている 「ファム・ファタル(宿命の女)論」の参考書を探した。『象徴としての女性論』は、表紙を飾るクラナッハのユディット像も気に入った。生首を前に涼やかにほほえむ、聖書中の女性。裏表紙には同じ構図のサロメの肖像。こちらも破滅へ導く彼女たちを語った『成熟の年齢』を、続いて手に取った。
見回せば、仏文学者だった祖父青柳瑞穂の翻訳本や、彼の阿佐ヶ谷の家に出入りした文士たちの作品も並ぶ。慣れ親しんだおもちゃ箱をかき回すこどものような表情で、棚から棚へと移る。下段の本に興味が向くと、バッグを無造作に床におろし、しゃがみこんでパラパラ。「阿佐ヶ谷文士」のファンだという岡崎武志の『古本でお散歩』も購入した。
「『ちゃんとした文学』もほしいけど」と、あらたまった表情で国内の小説を物色するが、なかなかピンと来るものがない。「日本のものは耽美なものしか読まないんですよね」と、申し訳なさそう。足を止めたのは団鬼六の『新編 愛奴』。
ピアノ教師と生徒の関係もSMに近いと笑う。だんだんカウンセラーみたいになってきたのがいやで、個人レッスンは最近やっていない。「横に立っただけで、その生徒の性格や親子関係がぴたりと分かるんです」
演奏術論に、悪女論、小説論。いま、書きたいテーマがいっぱいだ。演奏会を開く余裕などないのでは?
尋ねると真顔で「やめたんですよ」。これは天の邪鬼な冗談で、この1年は執筆に専念するのだという。なんと今年は小説にも挑戦する。