レ・ミ・ド・グールモン 「白木蓮」
早春、まだ新芽が出る前に白木蓮が咲き誇っているさまを見ると、羽根を休めている白鳥の群れを思い浮かべる。やや黄色みを帯びた乳白色。つややかで肉厚の花弁。
しかし、この花は寒さに弱い。晩霜の害を受けると、たったひと夜で褐色になってしまう。壮麗な花のしぼんだ姿は、なおさら哀れだ。
十九世紀末フランスの文芸評論家レミ・ド・グールモンの短編集「不思議な物語」に、「白木蓮」という掌編がある。
悲しみの家の中庭に、だれが植えたとも知れぬ白木蓮の木があった。
「この不可思議の木は、轟然たる噴水と見まがうばかりにそびえ立ち、春には、さら に秋にも,その中で一面にほころぶ花の姿が睡蓮の聖なる開花にやや似た。そして命は 、肉置き厚い花冠の、雪をあざむく純白の中、一滴の血の色によって示されていたので ある」(月村辰雄訳)
家には、アラベルとビビアーヌという二人の女性が住んでいた。アラベルは若く美しく、ビビアーヌは老残の身をさらしていた。
ある朝、二人は家を出ると、白木蓮の木の下で立ちどまった。
花々は咲ききっていたが、ひとつだけ、まだ開花していない花があった。宝玉のような卵型をえがいて浮かびあがる、純潔のつぼみ。もうひとつだけ、色褪せてしぼむばかりの花もついていた。この二つの花を、アラベルは自分たち姉妹の象徴のように思った 。
その日は、アラベルの婚礼の日であった。しかし、婚約者は死の床にいた。結婚式をとりおこなうために司祭が呼ばれたが、同時に終油の秘蹟もさずけなければならなかった。
断末魔の息の下で、新婚の夫はこう告げる。
「夕刻、白木蓮の木の下で君を待つ。アラベル、君が、私の愛よりほかの愛を知ってはならないのだから・・・・・・」
こうしてアラベルは寡婦となり、夜ごと、花落ちた白木蓮の葉の間にあらわれる夫の 影におびえた。
あるその風の晩、ビビアーヌは白木蓮の木の下で倒れているアラベルを発見した。掌には、色褪せた白木蓮の花が固くにぎりしめられていた。
グールモンは、二十四歳のとき、結核性狼瘡にかかって非常に醜い顔になったため、一匹の猫とたくさんの本とともに自宅に閉じ籠もり、ごく親しい友以外は誰ともつき合 わなかったという。
十九世紀末は、とりわけ眉目秀麗なダンディがもてはやされた時代である。そんななか、花のさかりの年齢で突然蟄居を余儀なくされた作家の悲しみが、しおれた白木蓮の 花に託されているような気がしてならない。