プログラムエッセイ
倒錯の愛
ひと口に〈倒錯の愛〉といっても、いろいろある。ワーグナー『ワルキューレ』のジ ークムントとジークリンデは、双子の兄妹間の近親相姦。彼がヒントを得たといわれリヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』は、母親を憎悪して、父親に特殊の愛をいだく娘の物語だし、ストラヴィンスキーの『エディプス王』は反対に、母親を愛し、父親を憎悪する息子の物語。台本を書いたのが、マザコンで知られるコクトーというのも、面白い。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのパリ、同性愛やバイ・セクシュアルは少しも珍しいことではなかった。アメリカ出身の作家で「パリ・レスボス界の女王」として君臨したナタリー・バーネイは、ベル・エポックの高級娼婦リアーヌ・ド・プージィと激しい恋に堕ち、小説『サッフォの牧歌』を書いた。ナタリーは、アンリ・ド・レニエの妻にして閨秀作家、ジェラール・ドゥーヴィユにも迫ったらしい。
夫のレニエとは、いわゆる「白い結婚」だったドゥーヴィユは、激しい男性遍歴とともに女性とも浮名を流したが、世紀末詩人ピエール・ルイスとは真剣に愛しあい、子供を一人儲けている。そのルイスの『ビリティスの歌』は、古代ギリシャを舞台にレスボスの愛を歌った詩集で、ドビュッシーの同名の歌曲集のテクストとなった。
表面上は男女の愛だが、役割が逆転しているという例もある。「マドモアゼル・ボードレール」と呼ばれたラシルド夫人の『ヴィーナス氏』は、りりしい男装の麗人ラウールが女装した男性ジャックと愛しあうというダブル倒錯の物語。すっかり受け身の愛に馴らされてしまったジャックは、偽物の「男」に飽き足らず、姉の愛人の前に身を投げ出す。
女性同士の愛に比べると、男性同士のそれはまだまだタブーで、カモフラージュする必要があったらしい。「男性に求める特質は?」ときかれて「女性的な魅力」、女性には「男性的な徳と友情における率直さ」と、まるであべこべなことを答えたプルーストは、『失われた時を求めて』の中で男性を女性に転換させて描いている。
1913年に初演されたドビュッシーのバレエ音楽『遊戯』も、表面上は一人の青年と二人の娘の他愛のない三角関係という筋になっているが、実際には、青年のモデルはロシア・バレエ団の主催者ディアギレフ、両隣の女性は彼をとりまく男性だった。台本を書き、主演もしたニジンスキーによれば、彼自身がディアギレフに強要されていた男色関係を示唆したもので、作曲者のドビュッシーもそのことを知っていたという。
ディアギレフは男色を公表していたようだが、帝政ロシア時代に生きたチャイコフスキーはひた隠しにしようとした。カモフラージュのために結婚もしてみたが、3ヶ月ともたなかった。1892年、交響曲第6番『悲愴』の完成直後にコレラで亡くなったときも、死因をめぐってさまざまな噂がとびかった。ニューグローブ音楽辞典には、作曲家がある貴族出身の若者と同性愛関係に陥り、スキャンダルをひきおこしそうになったため、秘密の会議がもたれ、名誉を守るために自殺を勧告されたのだという推理が紹介されている。
男色作家の中には、プルーストのように独身を通したケース、ジイトのように結婚しても性的関係を持てなかったケースもあれば、オスカー・ワイルドのように、結婚して 子供を二人儲け、普通の家庭生活を送っていたケースもある。
アモール著『オスカー・ワイルドの妻』によれば、彼が同性愛の道にひきずりこまれるのは1886年ころのことで、相手はロバート・ロスというカナダのジャーナリスト兼批評家だった。90年には、長編小説『ドリアン・グレイの肖像』が発表され、翌91年、絶世の美青年、ポジーことアルフレッド・ダグラス卿があらわれる。
ポジーの頽廃的な美貌は、すっかりワイルドを虜にしてしまった。同じ年、パリ滞在中に戯曲『サロメ』がフランス語で書かれ、ポジーはそれを英語に翻訳した。戒律の厳しいヴィクトリア朝で二人の行動は社会問題となり、ワイルド゛は95年に男色の罪で投獄される。2年後に釈放されたが、もはや往年のデカダンの寵児の面影はなく、1900年に亡くなった。リヒャルト・シュトラウスの歌劇『サロメ』が初演されたのは、それから5年後のことである。
こんな経緯から、ワイイルドの『サロメ』にも『遊戯』と同じような性の置き換えがあり、ヒロインは作者の分身の男性だったのではないか、と私はにらんでいる。根拠はサロメがヨカナーン相手に延々としゃべる台詞で、女性なら、これほど身体や容貌の具体的な部位を列記して褒めたたえることはしないだろうと思うのだ。
「お前の唇は象牙の塔に施した緋色の縞。象牙の刃を入れた石榴の実。ティロスの庭に咲く、薔薇よりも赤い石榴の花も、お前の唇ほど赤くはない。(中略)・・・さあ、お前の唇に口づけさせておくれ」(福田恆存訳)
「口づけさせろ」というのも変で、もし普通の女性だったら、「私の唇はこうこうこういう点で美しいから、接吻してほしい」というようなことを、それとさとられず遠回しに言おうとするのではないだろうか。サロメの口調は、1893年にポジーからソネットを送られたとき、ワイルドが書いた手紙そっくりなのだ。
「君のソネットはまったくすてきだ。君のあの赤いバラの花びらのような唇が、狂おしいキスのためだけではなく、音楽を奏でるようにもできていたとは、驚いている。君のほっそりした金箔をかぶせた魂は、熱情と詩の間をさまよっている」(角田信恵訳)
異性愛と比べて、お互いにお互いのことを知りすぎている同性愛は、どうしても関係が濃密になりやすく、そのぶんどろどろしてくる。サロメのくどく、ねばりつくような台詞も、〈倒錯の愛〉をキーワードに読めば納得できるのではないだろうか。