本を愛する心意気熱く
パリの書店で感激するのは、店員がじつに本についてよく知っていることだ。タイトルと著者名を言うと、たちどころに棚まで案内してくれる。日本ではこうは行かない。画面で検索しろとつっぱねられるのがおちだ。 伝説の書店、パリはオデオン通り「本の友の家」にある本たちは、すべて店主のアドリエンヌ・モニエ(1892~1955年)が明確な意図で選書したものだ。「理想的なのは」と彼女は書く。書店のトップは1人しかおらず、「読者と絶えず個人的接触を保てるような状態にあること」だ。
本書は、モニエの死後に刊行された回想録である。ジッド、クローデル、ヴァレリー、ベンヤミン…。登場人物は壮観で、そのまま20世紀前半の文壇外史としても読める。しかし、私が注目したいのは、モニエの書店主としての信条だ。 彼女は採算を度外視して読者を教育する。貸し出し文庫の目録には、自分が評価する現存作家を積極的に入れ、「少数のエリート」のための作品を若い世代に薦める。有名作家が店のショーウインドーを眺めて、誰も理解できないマラルメの詩より、「パンのように売れる僕の本」を並べたほうがよいと言ったとき、それなら「なにも私は必要ではない」と返す。
「本の友の家」はまた、創造の拠点でもあった。サティの劇音楽「ソクラテス」をコクトーの語りで初演させたのも、コクトー「喜望峰」の朗読会を開いたのも、ジョイス「ユリシーズ」の仏訳を刊行したのも、のちに絶交したフルトンの「文学」創刊当時、委託販売の元締だったのも、すべて彼女の店だった。「本屋-本をもとにした儲けとか仕事とかを考えるまえに、まずそれらを熱烈に愛し、しかも、もっとも美しいもののもつ限りない力を信じた」という彼女の言葉は、古きよき時代などという甘ったるい表現では片づけられない、まさに「今」に必要なメッセージとして読む者に迫ってくる。
北海道新聞 2011年08月28日朝刊