「パリふうの食卓」(暮らしの手帖58 2012年6—7月号)

昔から、塊の肉を調理するのが好きだった。牛すね肉や豚ばらの煮込み、ローストビーフ、鳥の丸焼き。ピアノの修業でフランスに留学したときは、肉屋さんの店先で舞い上がってしまった。ほろほろ鳥や七面鳥、ウサギ、馬にイノシシなど、日本ではまずお目にかかれない塊たちがごろんごろんころがっている。早速オーブン料理に精を出したことは言うまでもない。帰国したら、肉屋さんの棚が薄切りや細切れ肉ばかりで悲しくなった。今でも、たまにパリに行くと、キッチンつきのホテルに泊まり、スーパーで塊肉を買い込んでくる。中でも好物は仔羊のジゴ(腿肉)と呼ばれる部位のローストだ。 たこ糸でしばり、櫛形に切ったニンニクを刺し、ハーブでも適当に挟み込み、塩胡椒をしてオーブンで焼くだけなのだが、真ん中をうっすら桃色に残した肉に臭みはまったくなく、ディジョン産の粒マスタードをつけていただくといくらでもはいってしまう。つい先ごろ、バスティーユのオペラ座通いをしたときは、鴨のドラムスティックの料理がおいしかった。最初はフライパンで焼いたのだが、少し固い。そこで、買い置きの緑胡椒のソースと飲み残しの赤ワインでことこと煮込んでみたら、これがなかなかいける。付け合わせは、やはり食べ残しの冷凍野菜のバタいため。

帰国してもその味が忘れられず、かわりに鶏の骨つきモモ肉でつくってみることにした。といっても、最近のスーパーは、ウィングスティックは置いているが、骨つきモモ肉はなかなか見つからない。昔ながらの鳥専門店でやっと手に入れてきた。緑胡椒のソースもなく、エストラゴンのソースで代用する。赤ワインは国産のもの。鶏にはこんがり焦げ目をつけ、ホールの赤胡椒をたっぷり入れて煮込む。鴨のように肉にしまりがないから、あまり長時間煮すぎないように注意。ソースをからめるために、ペンネといろいろなきのこをニンニクとオリーブオイルでいためたものを付け合わせる。この日はちょうど主人の誕生日だった。前菜は、パリで買って、旅行鞄の底にこっそりしのばせてきたドライソーセージとパテ、いろいろな野菜のピクルス。近所のチーズ専門店でウォッシュ・チーズを買い、娘はアボカドのディップをつくった。ブリュットのシャンパンを抜き、乾杯!代用づくめの煮込み料理は存外うまくいった。肉のふっくら感はそのままほろほろに柔らかくなり、フォークだけで簡単に骨からはずれる。おいしいねー。うん、うまい。そんなつぶやきがきこえると、うまくいった演奏会のときと同じぐらい嬉しくなってしまう私である。

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