六歳の時からピアノを弾いてますから、いろいろとモーツァルトの曲には触れてるんです。最初のモーツァルト体験かどうかは分かりませんが、子ども用のソナチネアルバムにあった、モーツァルトのニ長調のロンドが印象に残っていますね。
その頃弾いていたのが、他にはクーラウとかクレメンティで、それに比べるとモーツァルトのほうが複雑で面白かったんです。
それと、幼い頃から作曲もしていたので、無邪気に「大きくなったらモーツァルトになるんだ」なんて言ってました(笑)。
お気に入りの曲は、ロンドの次がハ長調のピアノ・ソナタ。第二楽章はヘ長調で始まり、途中でへ短調になるんです。生クリームをふんわり泡立てたような雰囲気が、たった一つしか違わない音で、がらりと雰囲気を変えて悲劇的になってしまう。その感じが興味深かったし、弾いていてぞくぞくしました。
演奏家というのは、レコードやCDをたくさん集めて、普段から熱心に聴くタイプと、家ではほとんど音楽を聴かないタイプに分かれるようです。私は後者で、評論を書くなどの仕事絡みでしかCDは聴きませんね。昼間は、たいていテレビのワイドショーかドラマの再放送を見ていますから(笑)。
あまり他人の演奏に興味がないし、すでに自分の中に音楽が入っているせいもあるのでしょう。もちろん、好きなCDは何枚かありますよ。エリック・ハイドシェックが(ヘルベルト)ケーゲルと共演したもの。これは日本では売ってないんじゃないかな。それから、(アルトゥーロ・ベネデッティ)ミケランジェリの、一九五三年頃弾いたピアノ協奏曲一三番。後にも同じ曲を録音してますが、若い頃の方が圧倒的に良いですね。あと、クラシック界では評判の悪い、グールドの弾いたニ短調のファンタジーなども気に入ってますよ。
オペラは大好きです。モーツァルトのオペラはみんな好きです。パリに留学中『ドン・ジョヴァンニ』を観たんですが、最後、ドンファンが地獄に落ちる悲劇的な場面の後、がらっと変わり、あっけらかんとした明るいシーンに転換する。こうした落差の激しさがモーツァルト的なんでしょう。
日本で上演されるオペラはチケット代が高過ぎます。パリでもウイーンでも、天井桟敷だと日本円にして千円、二千円で、毎日でも観に行ける。日本だと、プログラムに文章書いた時などに、お礼で招待状をもらった時ぐらいしか行けません。(笑)。
モーツァルトに関する本で面白かったのは、『モーツァルトとの対話24景』。モーツァルトの手紙から構成された本です。確かに、モーツァルトの手紙は興味深いですよ。一七八七年四月四日の手紙では死生観を述べてます。「毎晩、床につくとき、もしかして明日はもうこの世にいないのではないかと考えないときはありません」。それでも幸せで、創造主に感謝している。悲劇と喜劇が同居するモーツァルトの音楽を象徴しているようで、強く印象に残っています。