【書評】カズオ・イシグロ著「夜想曲集」 越谷政義監修「ジャパニーズ・ロック・インタ ビュー集」

とにかく面白かったこの一冊

(特)カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳『夜想曲集』 

お薦めの一冊目は、若い頃はミュージシャン志望だったというカズオ・イシグロの、初の短編集『夜想曲集』です。往年の大物歌手、無名のバックプレイヤーなど様々な音楽家が登場しますが、共通するテーマは”見果てぬ夢”です。

表題作の「夜想曲」は、うだつの上がらないサックス奏者が、才能があると言われながらも容貌が醜いので手術を受ける。彼のCDを聴いた女性歌手から天才だと褒めそやされ、メジャーになれるのかと淡い期待を抱く話です。

「チェリスト」は、やはり芽の出ないチェロ奏者の青年の前に、チェロの大家だと名乗る中年の女性が現れ、私のレッスンを受ければ大物になれると煽動する。青年は毎日レッスンに通って、新しい境地に入ったような気になるのですが、結局、自分の才能や境遇に見合った仕事に満足できず、傲慢さを見せるようになった・・・。

つまり、才能をどう判断するかという、音楽の世界につきものの怖い話なんですね。勉強やスポーツだったら数字が出ますが、演奏聴いて才能を感じるかどうかは主観的なことです。ミュージシャンはみんな見果てぬ夢を見ていますし、教師の側も埋もれた才能を発掘したいという見果てぬ夢を持っている。そのため、見立て違いで道を誤ることにもなります。

ベテランのピアノ教師はこう言ってました。「しょせん豚の肉ではビフテキは焼けない」と。才能という
残酷な壁と、見果てぬ夢。私たち音楽家にとっては身につまされる話です。

(監)越谷政義監修 『ジャパニーズ・ロック・インタ ビュー集』

もう一冊は、日本のロック界を牽引してきたアーティスト20人による『ジャパニーズ・ロック・インタビュー集』です。

子供の頃はピアニスト志望で、『ショパンが好きでクラシックばかり聴いて』いたミッキー・カーチス。音楽室の作曲家の肖像を眺めるのが好きだったSHAKE。ロッカーたちの意外なクラシック体験がおもしろかったです。

ビートルズ体験も年代によって異なっていて、1948年生まれの鮎川誠はFENで聴いていて『DJは「ビーロウー」っち言うのよ』。ある日、学校で友達の弁当包みの新聞に、ビートルズというカタカナを見てようやく合致したと。50年生まれのRCサクセションの仲井戸麗市は、来日公演を日本武道館で見ています。大人は女の子の歓声で演奏が聴こえなかったというけれど、『でも子供たちは聴こえたんだ。聴こうとしたんだ』。この言葉が胸に響きます。

一方、39年生まれの内田裕也は、なんとビートルズ公演の前座に出ていたんです。コード進行はチャック・ベリーの影響を受けていると見破り、ジョージがコーラスで声が出なくて『ジョンとポールに睨まれてたよ』と語っています。

64年以来のローリング・ストーンズ・フリークというマイク越谷氏が聞き手とあって、アーチストたちとの丁々発止のやりとりを通して自然に日本のロックやグループサウンズの歴史がたどれるような構成になっています。

音楽の身体感覚や現場感覚に通じる生きた言葉が溢れていて、まさにロックンロールな一冊です。

2010年9月13日 の記事一覧>>

より

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