【連載】 随想「松葉カニ」(神戸新聞 2011年1月25日夕刊)

冬になるとカニが食べたくなる。たらばガニ、毛ガニ、上海ガニといろいろなカニを食べてきたが、やはり山陰の松葉ガニが一番繊細で香り高い。

山陰には母の実家があるから、私が子供のころは、祖母からときどき津居山のゆでガニが届けられた。

足をはずし、肩の部分を切り離す。足は食べやすいようにさっと切れ目を入れておく。爪は身がしまっておいしい。甲羅にはたっぷりミソがついている。さばく係の母が、台所に立ったままミソのついた肩肉にむしゃぶりついていた姿が、今も目に残る。 

私はピアノを習っていたので、大事な先生にはカニを御進物にした。今ほどではないにせよ、大学教師の父の給料にはどれほど法外な値段だったことだろう。演奏家になってからは、コンサートの主催者にカニすきをふるまわれたこともある。あまりに量が多くて食べきれず、鍋に残ったカニを見て、胸が痛んだ。

祖母も母もいなくなってからは、香住の海辺の宿に泊まりがけでカニすきを食べに出かける。仕切っているのは、年配のおかみさんとお嫁さん。お皿いっぱいに盛られたカニは、お好みでさしみ、焼きガニ、カニしゃぶとさまざまな調理法がある。さしみもとろとろに甘いが、焼きガニにするとさらにふっくらと甘みを増す。鍋にさっとくぐらせるしゃぶしゃぶもたまらないが、しっかり火を通したカニもまた格別の味わいなのだ。鍋の状況をそれとなく見守るおかみさんの助言に従って食べていくと、お腹の調整も万全で、ちゃんと最後の雑炊まで行く。それでも食べきれないぶんは、おみやげにしてくださる。そんな心づかいが、とても嬉しい。

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