【連載】 随想 「豆」(神戸新聞 2011年1月7日夕刊)

正月は、黒豆を肴にちびちび酒を飲むのが好きだ。丹波篠山のおおぶりな豆をふっくらとたいたもの。母が生きていたころは家で煮ていた。豆をやわらかくするため、一晩煮汁につけておく。 色をよくするために古釘を入れる。コクを出すため、ワインで煮る。黒豆の煮汁を飲むと、声がよくなる・・・。 いろいろな話を聞いたが、たき方はついに習わずじまいだった。

母は豆が好きな人だった。うずら豆やうぐいす豆をご飯にのせて食べる。子供のころは、甘いものをお数にするなんて、と違和感があった。ピースご飯もよくたいていたが、家族は誰も食べないので、母一人で食べることになる。残ったご飯を見たら、ピースに接していたところだけちょっとうぐいす色に染まっていた。豆が好きな母だったが、ホワイトシチューにうずら豆を混ぜてしまったときにははっとした。 間もなく、認知症と診断された。

フランスに留学したら、貧乏学生の蛋白源として否応なしに豆を食べるようになった。学生食堂でも、薄い肉片の横にレンズ豆をどっさりつけてくれる。グリーンピースを漉して生クリームを入れた豆のスープもよく出てきた。エジプトに旅行したとき、ターメイヤというそら豆のコロッケのファンになった。つぶした豆と野菜をカリカリ揚げたものをパンではさんでいただく。

ひよこ豆のペーストも、中近東料理のオードブルには欠かせない。豆をフードプロセッサーにかけ、レモン汁とオリーブ油で練る。娘が好きなので、家でもよくつくる。と、こんなふうに、黒豆を肴に酒を飲みながら、いろいろな豆に思いをはせている。

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