【連載】「音楽家の愉しみ 第14回杉並界隈の鰻屋さん」(音遊人2026年夏号)

 荻窪北口駅前通り商店街の鰻屋「川勢」が、駅前再開発のため移転するという。
 「食ベログうなぎ百名店」にも選ばれた人気店で、十七時の開店前には長い行列ができ、一階のカウンターと二階のお座敷はあっという間にいっぱいになる。食材がなくなると閉店。
 二〇二六年一月九日(金)は、常連さんに予約していただいたのでスムーズに入店できたが、ひっきりなしにお客さまが訪れ、諦めて帰っていく。
 紫蘇キャベツがお通し。男性陣はビール。私はガラスのコップに注がれる日本酒。
 まず「ひと揃い」を注文。品書きによれば、ばら焼き、きも焼き、ひれ焼き、串巻、八幡巻、れば焼き。
 壁にはうなぎの部位の説明が貼られている。
 ばら焼きは腹骨に付いた身を剥がしたもの、きも焼きは内臓のうちレバー以外のもの、ひれ焼きは臀びれと背びれでニラを巻いたもの、とのこと。
 柔らかく煮たゴボウを巻いた八幡巻。細長い身を巻きつけて焼いた串巻。最後はれば焼きのはずだが、肝臓は一尾に一つしかないので売り切れてしまったらしく、短冊焼きが出てきた。
 マスターは寡黙でいつも静かな佇まい。でもものすごいスピードで焼き、ビールを出し、酒を注ぎ、予約なしのお客さまに断りを言い、あるいは一時間待つようにと指示したり、予約の電話に出たり。
 日本酒をおかわりしてひと揃いがなくなったあたりで、女将さんが「どんぶり?」と訊ねてくる。美味しいご飯にふっくらした蒲焼が二切れ乗った名物の鰻丼。
 甘すぎないタレが良い。粉山椒をたっぷりとかけていただく。こんなに充実しているのにとてもリーズナブルなお値段。
 「川勢」は一月いっばいで店を閉め、三月ごろ西荻窪に移転する。また行かなくては!
 二月十一日は、結婚記念日。娘夫婦を誘って阿佐ヶ谷駅北口の「ふみ屋」へ。
 駅を出て北口商店街を抜け、松山通りを少し行ったあたり。表の柱に大きな瀬戸物のうなぎが架けられている。
 暖簾をくぐると、厨房前にカウンター席、奥には小上がり席が四つあり、若い世代で賑わっている。
 「川勢」よりは少しメニューに選択肢があるので、まず骨せんべいを注文。
 お酒は三重の「うっかり八兵衛」。ネーミングがおもしろい。
 こちらの串物は「一通り」と呼ぶらしい。短冊、クリカラ、キモ、エリ、ヒレの五本。その他に「うなぎのつくね」なんてのもある。
 締めのご飯ものがまたユニーク。うな重、うな飯の下に、「鰻のタレご飯(生卵付き)」と書かれている。つまり、うなぎはないがタレだけがご飯に乗っていて、卵を溶いていただくのだろうか。
 昔、落語で、ケチな男が鰻屋の前で煙を吸い込んで、匂いをおかずにご飯を食べるという「しわい屋」という噺を聞いたことがあり、それを思い出してしまった。
 鰻屋が「嗅ぎ代を寄こせ」と詰め寄ると、男は手持ちの銭をちゃりんと鳴らし、「匂い代だから勘定は音だけ」と煙に巻いたとか。
 もちろん私たちは、ちゃんとうな飯を注文し、お勘定を払って帰宅した。

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