【連載】「青柳いづみこのひとりごと1」(読売新聞 Monday WOMAN 2002年10月7日夕刊)

椅子にきちんと坐るのは難しい

ある会社の社長サンから、面白い品が送られてきた。べっこう飴に似た色のシート。

一センチ角のサイコロ状の突起が並んでいて、指で押すと、ぷにゅ、ぷにゅ感が何ともいえない。

娘も、「キモーイ」かなんか言いながら、喜んでぷにゅ、ぷにゅやっている。

パンフレットを見ると、車椅子のシートや介護ベッドなどに使われている圧迫障害防止用のパッドのサンプルとのこと。家でも年寄りを介護していたことがあるから、大いに納得した。でも、どうしてそれが私のところに?

添えられていたお手紙を読んで、ようやくわかった。去年私は、固い椅子に坐って長時間ピアノを練習したためにお尻に血行障害を起こしてしまい、そのことをさる雑誌に書いたのだが、どうもそれを読んで送って下さったらしい。

「多くのピアニストが同じような障害に苦しんでいるとすれば、椅子の中に入れる、あるいは座布団にするなどして商品化しようと思うが、どうか」と書かれている。

う~ん。私の場合は、同じテーマで本とCDを一緒に出すという計画をたて、短期間に無茶な練習をしたのが原因だし、お尻だって、エッセイでは面白おかしく書いたが、実は一週間ほどで治ってしまったから、商売になるぐらい同病の士がいるかどうか不明だが、ピアノ弾きにとって、「坐る」というのが大問題なことはたしかだ。

ヨーロッパの著名な教師のもとに留学した仲間に話をきいたら、坐り方を習得するだけで一年かかったというので、仰天したことがある。それほど、ピアノの椅子にきちんと坐るのは難しい。

私が師事した故安川加寿子先生は、坐り方がことのほかきれいな方だった。上体の重さを骨盤が自然に支えていて、肩にもひじにも、大腿部にもひざにも、余分な力がはいっていない。だから、腕や足が縦横無尽に動き、目にもとまらぬ早業をくりひろげる。

私がどうしてもマスターできなかった先生の秘法に、「フランス流ペダルの踏み方」というのがある。普通、ペダルはかかとを床につけて足首を上下させて踏むが、安川方式はかかとを浮かせ、ひざを前後に回転させる。

――自転車を漕ぐ要領でやればいいのよォ。

先生はこともなげにおっしゃるが、ためしに、パソコンをブラインドタッチで打ちながら、左足は上下動、右足だけ自転車漕ぎ運動してみて下さい。骨盤の支えがなかったら至難の業だということがおわかりになるだろう。

そもそも私、いくら練習しても自転車からして乗れないし。

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