【連載】「音楽家の愉しみ 第1回 神戸の夜」(音遊人2023年春号 )

 打ち上げのビールが飲みたくて演奏活動をしている、というアーティストは多い。もちろん、客席と一体となって音楽を作っていく喜びは何ものにも変えがたいが、終演後、それではサヨナラと帰ってしまったら喜びも半減するだろう。コロナ感染拡大で制限がある頃はこれが何より辛かった。
 共演者がいる場合は、リハーサル後の食事も楽しい。二〇二三年一月十八日、西宮の芸文センター小ホールでダンスとのコラボレーションによるコンサートを開催したときは、リハーサルが二夜連続だったので、アフターも連続になった。
 共演者は、神戸大学准教授にして振付家・ダンサーの関典子さんと、大阪音楽大学教授でピアニストの藤井快哉さん。
 曲目は、ドビュッシーの連弾曲『小組曲』や『スコットランド行進曲』、連弾用に編曲された『牧神の午後への前奏曲』、サティの『パラード』にミヨー『屋根の上の牛』。このうち『牧神』と『パラード』にはダンスがつく。
 合わせは二日間取った。コンサート二日前の会場は、関さんが勤務する神戸大学の教室。『牧神』は、小さな台座の上ですべての動作を行う。我々音楽隊は普通に演奏し、関さんのほうで振り付けを合わせる。
 サティ『パラード』には、踊りの他にさまざまな鳴り物がはいる。サイレンにタイプライター、くじびきのガラガラ。水を入れた酒瓶でつくった鍵盤打楽器は、瓶の大きさと水の量で音程を調節する。こちらは、振り付けの都合に音楽を合わせなければならないので、楽譜に動作を書き込み、細かい作業の打ち合わせをする。振り付け自体も、音楽に合わせてさまざまに変化していく。
 三時間みっちり稽古し七あとは、六甲駅そばの焼き鳥屋さんへ。ココロにレバーなど、さまざまな部位の盛り合わせをオーダーし、日本酒を飲みながらの音楽・舞踊談義。締めは焼きおにぎりとスープ。カリカリのおにぎりを熱いスープに浸して食べるのが最高に美味しかった。
 十七日は、芸文センターのリハーサル室で、衣装をつけての稽古を行う。新作初演となる『パラード』は、スタッフとの意見交換や振り付けの試行錯誤。二十一時になったところで音楽隊は退散し、西宮北口そばの餃子屋さんへ。
 いよいよコンサート当日。十五時にホール入りし、連弾の稽古のあと、ダンスとのリハーサル。『牧神』は薄明かりの中での上演のため、ピアノだけスポットが当たるのだが、暗すぎて楽譜が読めないため手直しをお願いする。
 『パラード』での関さんは、まず客席に座っている。音楽隊が弾きはじめてしばらくするとサイレンを鳴らしながら登場。それからは次から次に鳴り物を鳴らし、その合間にアクロバットをこなしたり、二階席まで登ってパフォーマンスしたりと、八面六菅の活躍。
 本番はとてもうまくいった。客席は八割方埋まり、『パラード』ではコミカルな動作に笑いが起きるなど、反応も上々。最後の『屋根の上の牛』は、ブラジルの民謡や大衆音楽が盛り込まれたスリリングな作品だが、終わったあとは盛大な拍手が沸き起こった。
 ロビーでお客さまたちに会ってお話しし、荷物を片づけて打ち上げ会場の居酒屋さんへ。メンバーは、古くからの友人や、お世話になった舞台関係者、出演者。
 ビールその他で乾杯。コンサートで寄せられたアンケートを回し読みしながら、終わったばかりの本番について語りあう。公演の高揚感がそのまま持ち込まれ、ステージ側も客席側も興奮気味。刺身や天ぷらなどの料理も美味しく、幸福感が倍増した一夜だった。

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