【連載】「青柳いづみこのひとりごと2」(読売新聞 Monday WOMAN 2002年10月21日夕刊)

いとおしい 施設に入った母

疲れると、夢を見る。

施設に入所している母が、タクシーで帰ってきてしまう夢だ。しかも、何も洋服を着ていない。身長153センチの私と違い、母は背が高く、がっしりしている。その母をかかえて、叱りつけながらおむつをつけ、ズボンをはかせる。そんな光景である。

母の様子が少しおかしいな、と思ったのは、 八年ほど前のことだろうか。 郵便局の前で財布を盗まれた、という。 中にはいっていた金額が、最初は七万円でつぎに三十万円、最後は百万円になっていた。

三年くらい前から、徘徊や失禁が目立つようになった。夫は会社員、娘は高校生。平日は、他に介護する人間がいない。だんだん母を置いて出られない状況になってきたので、大学をひとつやめ、もうひとつの大学の出講日を土曜日に変えていただいた。

ところが、私と一緒にいるときはそれほど「問題行動」を起こさない母が、夫と二人になると、突然トンデモナイことを始めるらしいのだ。帰ってみると、くたびれ果てた顔をした夫がいた。

介護保険で要介護三と判定され、週二回のデイ・サービスがはじまったが、拒否が強く、お迎えのバスが来ても、どうしても行ってくれない。ヘルパーさんをお願いし、二人がかりで家から運び出し、車椅子に乗せる。行ってしまえばとても楽しく過ごすのだが、拒否は毎回である。

徘徊して交番のお世話になっても、そこから家に連れて帰るのにまる半日かかったこともある。一人で電車に乗って隣の県まで行ってしまったときは、さすがに参った。

昨年の正月、入浴のあと足腰がふらつき、階段から転落した。幸い、頭にも骨にも異常はなかったが、歩行が困難になった。尿も出なくなり、病院で検査した結果、カテーテル装着の必要があると診断された。

しかし、カテーテルの意味がわからない母は、少し目をはなすとはずしてしまい、大さわぎになる。落ちたショックによる一時的な尿閉ではないかと訴えたが、きいてもらえない。困り果てていたところに、かねてより申し込んでいた施設から、あきができたとお知らせいただいた。

施設では、カテーテルをはずして自力排尿をうながし、そのつど検査をしながら様子をみて下さっている。それも、看護婦さんが常駐しているからこそできることだ。母のためにも、専門家の手にお任せした方が幸せなのだ。頭ではわかっていても、どこかに罪悪感があり、それがときどき夢に出るのだろう。

今は、母がたまらなくいとおしい。

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