手元に1枚のディスクがある。
「1950年代の日本で演奏した三人のフランス人ピアニスト」。
1950年10月、戦後初めての外国人招聘アーティストとして来日したラザール・レヴィは、安川加壽子や原智恵子の恩師で、当時68歳。一連のコンサートに先立って開かれたレセプションで演奏されたクープランのクラヴサン曲『百合の花ひらく』と『葦』は、その清冽な響きで居合わせたひとびとの耳を、文字とおり「洗った」らしい。
アルバムには他に、ショパン『マズルカ嬰ハ短調』『同変イ長調』、シューマン『幻想小曲集』から「夕暮れに」 と「夢のもつれ」そしてシューベルトの『即興曲作品142-2」がおさめられている。ロマン派の作品が多いが、いずれもごくあっきりした弾きぶりで、レヴィが安川加壽子にくりかえし説いた「作曲者の意図に忠実に、個人的な感情はさしはさまない」スタイルを実践している。
2人めは、作曲家の故デュティユ夫人のジュヌヴィエーヴ・ジョワ。来日は1952年2月で、まだ33歳の若さだった。ソロで、ドビュッシー『喜びの島』と『ミンストレル』を弾き、安川加壽子との二台ピアノでミヨー『スカラムッツァ」を演奏した。一聴して思うのは、きらきらした音色、キレのよいタッチ、はずむリズム。そして、とにかくテンポが速いこと!
私の恩師・安川加壽子もテンポ感の速い人だったので、2人が目にも止まらぬスピードで駆け抜ける『スカラムッツァ』はスリリングだ。
そして最後に控えるのが、20世紀前半のフランスを代表するピアニスト、アルフレッド・コルトーで、ある。ディスクには、ショパン『ソナタ第2番』と『即興曲第2番』、そして『スケルツォ第2番』が収録されている。1952年9月の来日時にはすでに75歳で、全盛時の録音に比べて衰えた印象はあるが、もともとコルトーは若いときからノーミスで弾く人ではなかった。
前記2人との比較で明らかなのは、コルトーのロマンティックな演奏スタイルである。「テキストに書かれたことに何ひとつ付け加えない」主義のレヴィとは真逆に、テンポを大きくゆらし、ときに楽譜にない音を加え、メロディと伴奏の音をずらしながら余韻嫋々と歌いあげる。息の長いドラマティックな音楽とともに、いかにもフランスのエスプリを感じさせる軽やかなスタッカートも魅力だ。
長い間、コルトーとレヴィは対照的なピアニストだと思っていたが、師の安川加壽子があるインタビューに答えて、「同じ潮流に発していると思う」と語っているのを読み、改めてピアノ演奏の奥の深さを思った。
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◆動画付きレクチャー「フレンチ・ピアニズムの系譜」
2014年4月13日にNHK文化センター町田教室、19日に京都教室と名古屋教室で「フレンチ・ピアニズムの系譜」という動画つきレクチャーをおこないます。詳細は以下をごらんください。
■町田教室
http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_929321.html
■京都教室
http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_818631.html
■名古屋教室
http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_858111.html