家の廊下をドシャドシャ……
「弾く」と「書く」何回も往復
ドシャドシャドシャ、ドシャドシャドシャ。私が廊下を走る音である。
大正時代から建っている家は、やけに奥行きが深い。ピアノの部屋と書斎を結ぶ廊下は、普通に歩いて十三歩の長さだ。庭に面した一間半分が全部窓だから、歩く振動がガラスに伝わってかなりの音を出す。走ると、もっとすごい音になる。
なぜ、家の中でそんなに走るのかというと、理由はいろいろある。まず、ファックスだ。Eメールアドレスはもっているのだが、使い方がわからなくて、相変わらずファックスを使っている。子機は書斎にもあるが、親機はピアノの部屋の方に備え付けられている。書斎で書きものをしているときにファックスが来ると、廊下を走ってピアノの部屋に行く。エッセーなどで急ぎの校正だと、また廊下を走って書斎にもどり、パソコンに向かう。
ファックスを読めばすんでしまう用事のときは、ふたをあけたピアノが目に入る。白い鍵盤が、何となく、歯をむいてニヤリと笑っているようにみえる。ちょっと弾いてみようかな、という気になる。ところが、いざ弾いてみると、「んもう、私って、どうしてこんなに下手なのっ」ということになり、一刻も早く書く仕事がしたくなって、廊下を走る。ここで原稿がすらすら進めばいいのだが、これまた、どういうわけかアイディアが浮かんでこなかったり、調べものが面倒くさくなったりすると、「やっぱりピアノのほうが楽だわっ」ということになって、また廊下を走る。このくり返しである。
そのうちどちらかの仕事が佳境にはいってくると、この往復が間遠になる。しかし、なかなか廊下を走らなくなるのも、これまた困ることなのである。秋に向けて弾く仕事と書く仕事が同時進行しているので、どちらかに専念できる状況ではないからだ。
ピアノ・モードのときは、締め切りに迫られてモノを書いていても、ちょっと資料を取りにピアノの部屋に入ると、なぜかそのままいすわってしまい、気がついたら2~3時間たっていたりする。あわてて廊下を走って書斎にもどってみると、放っておかれたパソコンがヒステリーを起して、「エラーが発生しました」のメッセージを発している。ちなみに、執筆モードで長い間ピアノを放っておくと、ヒステリーを起こすのはピアノではなくて、ピアノを弾く「手」のほうである。